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満ちる月5
「僕は悪くないって言ったでしょう?ねえ、おじさま。貴弘は一緒に来なかったんですか?彼に聞いてくださいよ。今回のことはもともと、あいつが仕組んだことなんだから。僕は貴弘に頼まれて仕方なく…」
テーブルの上の花瓶の花を手で玩びながら、まるで他人事のように淡々と話す瀧田の言葉を、大胡は苛々しながら遮った。
「いい加減にしろ。総一。むろん貴弘にも問い質す。あいつがやったことは明白だからな。だが、今はお前のことを聞いているのだ。2人から話は聞いたぞ。いくら貴弘に頼まれたといっても、お前のやったことは酷すぎる」
瀧田は大胡をちらっと見て
「ふ~ん。おじさまは僕の話よりあんなヤツらの言うことを信じるの?」
「言い逃れようのない証拠を動画に残しておいて、何を言うかっ」
大胡に一喝されて、瀧田は膨れっ面になり黙った。
「確認の為に少し見たがな、見るに耐えない内容だった。何故お前はあんなことをしたのだ?篠宮くんとはこれまで面識もなかったのだろう?」
瀧田はちらちらと大胡を見ながら
「……だってあのコ、凄く可愛くて、お人形さんみたいに綺麗だったから……ちょっと遊んであげただけです」
大胡は一瞬唖然として瀧田を見つめ、すぐに怒りの形相になり、
「ちょっと遊んであげただけ、だと?あんなむごいことをしておいて、遊んであげただけだと言ったかっ?!」
「ちょっ…大胡さん、落ち着いてください。また血圧が…」
激昂し始めた大胡に、田澤が慌てて宥めに入るが、大胡はテーブルを割りそうな勢いでガンっと叩き
「黙っていろっ田澤っ。総一っ。お前はやっぱり病気なのだ。紗香のことがあるからと、これまで目を瞑ってきたが、今回ばかりは見過ごしには出来んっ」
「お母様のことなんか、今は関係ないですよね。それよりどうしてです?どうして今回は許せないんですか?あの、早瀬暁とか言うヤツのせいですね?あいつがおじさまに…」
ドアをノックする音に、瀧田は口をつぐんだ。田澤が歩いていって、ドアを開ける。立っていたのは執事だった。
「なんだね?今ちょっと取り込み中だから、用件なら私が聞こう」
「お客様がおみえでございます」
「客?名前は?」
「はい。桐島貴弘さまでごさいます」
執事の答えに、瀧田はソファーから立ち上がると
「貴弘が?すぐ通して。おじさま、貴弘が来ましたよ。後は彼に聞いてくださいね。僕は何だか疲れたから…」
「待てっ。お前との話は終わっとらんっ。ちょうどいい。貴弘と一緒に話を聞いてやるから、大人しくそこに座っていろ」
瀧田はため息をつき、しぶしぶソファーに座り直し
「嫌だなぁ。顔を合わせたら、貴弘も僕に文句言うでしょう?僕、そういう面倒くさいことは苦手なんだけど」
ぶつぶつ文句を言っている瀧田に、反省の色は全く見えない。大胡は疲れた表情で、田澤と顔を見合わせた。
使用人が持ってきた自分の服に着替え、暁は持ち物を確認した。財布、動かなくなったスマホ、キーケース。
雅紀の服はタキシードだった。持ち物は小さなバッグ。中身の確認は本人の目が覚めてからだ。
雅紀は疲れきった顔をして目を閉じている。出来ればこのまま、ゆっくり休ませてやりたい。この後の桐島大胡や瀧田とのやり取りは、自分だけでした方がいいのかもしれない。
暁はかがみこんで、雅紀の唇にキスすると、起こさないように、そっとベッドから離れようとした。
服が引っ張られる。振り返ると、雅紀の手が服の裾を掴んでいた。
「暁さん……行っちゃうの?」
呟くような一言。雅紀は目を開けて、不安そうに暁を見上げている。暁はバツの悪そうな顔をして
「や、ちょっとトイレ」
「俺のこと……呆れちゃいました?もう……嫌になった?」
雅紀の目が潤んでる。暁は焦って頭をぶるんぶるん振り
「いやいやいや、違うからっ。なんでそうなるんだよ~。呆れるわけねえだろ。嫌になんかなんねえって」
「独りにしないで……暁さん……俺、怖い…」
「雅紀…」
「もう2度と……会えなくなりそうで……怖いんです……ごめ…っごめんなさい、我が儘言ってる、俺。わかってる……けど……不安で」
それはそうだろう。あれだけ酷い目に遭ったのだ。平気でいられる方がおかしい。
「我が儘なんかじゃねえよ。側にいるって言ったの、俺だよな。よしっ添い寝してやるから、ちょっとそっち詰めろ」
雅紀の身体を奥に押しやり、横に潜りこんで
「お前の不安が消えてなくなるまで、こうして抱っこしててやるよ。だから眠りな。絶対に離さないでいてやるから、な」
雅紀の身体を抱き締めて、穏やかな声でそう言うと、雅紀はコクンと頷いて目を閉じた。
雅紀の心は悲鳴をあげ続けている。悪夢はあれで終わったわけではないのだ。
昔のトラウマのこともある。今回の傷が癒えるまで、その不安と恐怖を克服するまで、どれほどの時間がかかるだろう。
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