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番外編『愛すべき贈り物』179
本当は聞くのが怖い。やっぱり今日の祥悟はいつもと雰囲気が違う。さっきちらっと見せた表情も、話し方も、仕草も。なんだかすごく……距離を感じる。
祥悟はまた気怠げに背もたれにどさっと身を預けると
「あったね……いろいろ、さ。……あのな、智也。俺さ、事務所、辞めるんだわ。今やってる仕事終わったら、次の契約更新待たずにな」
智也は目を細め、そっと祥悟の横顔を窺った。
以前から、近々あの事務所から独立するという話は聞いている。もうモデルとしては潮時だと、祥悟は数年前からよく口にしていた。たしかに、全盛期に比べれば本業の仕事は減っていたが、独特のキャラクターと個性的なセンスがウケて、最近は別のジャンルからの引き合いも多くなっていたはずだ。
「疲れちゃった?」
智也の穏やかな問いかけに、祥悟は酔ってとろんとした目を向けて
「ふふ。おまえのそーゆーとこ、いいよな。ガツガツ理由、聞いてこねえとこさ」
そう言って笑う祥悟は、はっとするほど素直な顔をしている。皮肉めいたいつもの笑顔より幼くて可愛いのに……何故かやっぱり遠く感じる。
不意に胸を締め付けられて、智也は次にいう言葉を飲み込んだ。
……嫌だよ、祥。そんな透き通るような顔して笑わないでくれ。
嫌な予感がますます膨れ上がっていく。
いつか……そう遠くない未来に、来るべき時が来るかも?と、覚悟はしていた。
見えない翼を持った俺だけの天使は、いつかここを飛び立ってしまう。この時の流れが停滞したままの、穏やかな微睡みから、巣立っていってしまう時が来るのだ。
智也は胸の奥に走った鋭い痛みを、ぐっと堪えて、祥悟に腕を伸ばした。その華奢な肩を掴んで、自分の方に抱き寄せる。
「祥。どこへ行くんだい? 遠い所?」
聞きたくないのに、言葉が零れ落ちてしまう。どこにも行くなと縋りついてしまいそうだ。
智也の問いかけに、祥悟は真顔になり、す……っと遠くを見つめた。
その眼差しが見つめる先は、何処なんだろう。
密かに息を詰め見守る智也の横で、祥悟はしばらく黙ったまま放心していたが、やがて意を決したように口を開いた。
「俺さ……人生最初で最後の恋、してたんだよね」
呟いて、祥悟はうっすらと微笑んだ。
「すっげー好きだった。愛してたんだよな。大好き過ぎて、大切すぎてさ。ほんと……好きだったなぁ……」
祥悟が嬉しそうな顔をして思い浮かべている相手を、智也は知っている。
はっきり好きな相手だと名前を聞いたわけじゃない。でも祥悟のことが好きだったからこそ、智也には分かってしまった。
それはあまりにもせつない絶望的な恋で、その行き場のない想いに、何度ももがき苦しむ彼の姿を、ずっと見守ってきた。
……あの人と……何かあったのか。
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