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愛よりいでて誰より愛(いと)し3

暁は、貴弘と睨み合いながら、だんだん切なくなってきた。 貴弘は以前会った時より、更にやつれて見えた。そして、自分を睨む目はともかく、雅紀に対しては、本気で心配し気遣う優しい目をしている。とても、狂った人間の目には見えない。 雅紀のさっきの言葉を思い出した。 『貴弘さんも苦しかったんだと思う』 雅紀はそう言った。 『……好きな相手が自分から逃げようとしている。何とか繋ぎとめたくて、こんなバカなことしちゃったんだと思う』 貴弘のやっていることは、決して許されることじゃない。雅紀の心を傷つけたことも、絶対に許せない。 けれど。そんなにも雅紀のことが好きなのか。自分のやっていることが、冷静に判断出来なくなるほど、それほどまで、雅紀への想いに執着してしまったのか。 もし、自分が貴弘の立場なら。 雅紀が他の男に惹かれ、自分から去っていこうとするのを、自分は冷静に見送ることが出来るだろうか……? 「雅紀。戻ってこい。お前は私が守ると言ったろう?その男に、お前は騙されているんだよ。私のところに戻ってきなさい」 手を伸ばし、優しい声で雅紀に話しかける。雅紀は暁の腕の中で、貴弘を見つめ、ぼろぼろと泣きながら首を横に振った。 「もう……やめて……貴弘さん……俺、貴弘さんのとこには……行けない……。っごめんなさいっ俺、俺は……暁さんのことが……好きなんです……っ」 貴弘は顔を歪め 「戻ってこいっ雅紀っ。お前を愛してやれるのは私だけだっ。お前だって私を愛しているはずだろうっ」 雅紀は嗚咽をもらし、首を横にふり続け 「……貴方のことは……。ごめんなさい、愛してませんっ。恋人だと思ったことは、一度も、なかった。最初からずっと……セフレとしか思ってなかった……です」 雅紀の口から、直接突きつけられた最後通告に、貴弘は目を見開き、口をつぐんだ。 暁は貴弘から目を逸らし、震えながら「ごめんなさい」と何度も呟いている雅紀を、ぎゅっと抱き締めた。 「貴弘。篠宮くんの気持ちはわかっただろう?……全てはお前の勘違いだったんだ。諦めなさい」 雅紀のすすり泣く声だけが聞こえる室内に、大胡の言葉が重々しく響く。 貴弘は茫然とした表情で父親を見上げ、もう一度、雅紀に視線を戻すと、何か言いかけて口を閉ざし、がっくりと項垂れた。 大胡に目配せされて、田澤が頷き、貴弘の身体を放して立ち上がる。 大胡は貴弘に歩み寄ると 「来なさい。居間に戻ろう。早瀬くん。重ね重ねすまない。話は後できちんとさせてもらうが、今はちょっとだけ時間をくれないか」 暁は、沈痛な面持ちの大胡に無言で頷いた。 「田澤、早瀬くんの怪我の手当てを頼む。さ、貴弘、立つんだ」 大胡に促され、貴弘はよろよろと立ち上がった。ドアの方に向かい、立ち止まって振り返る。 貴弘の目は、暁を通り越し真っ直ぐに雅紀を見ている。また何か言いたげに口を開き、雅紀の涙に濡れた顔を見て唇を震わせ、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。 雅紀は暁にすがりつき、何度も貴弘への謝罪の言葉を口にする。暁は雅紀の頭をそっと撫でた。 「暁、まだ目眩はするか?」 田澤に小声で聞かれて、暁は首を振ると 「社長。悪いんですけど、桐島親子との話、今日のところは任せていいですか?これ以上、雅紀をここに居させたくない。俺のアパートに連れて行きます」 田澤は泣き崩れている雅紀を痛ましげに見やり 「ああ。それがいいだろう。分かった。後のことは俺が引き受ける。大胡さんとは、後日改めて話し合いの機会をつくろう。暁、車のキーは?」 「ありますよ。俺の車は?」 「門の外に停めたままになってる。使用人に言って門を開けさせよう」 「すみません。んじゃよろしく。な、雅紀、行こう。俺のアパートに帰ろう、な?」 雅紀はしゃくりあげながら頷き、暁に支えられてよろよろと歩き出した。 「そんなに泣くなって。お前、目が溶けちまうぞ~」 暁の車に乗り込み、瀧田のセカンドハウスを後にして、もう10分以上経つ。いつまでもすすり泣いている雅紀に、暁は弱り顔で 「ほら。泣き止むっ。目が兎だっつーの」 「暁…さん…痛かった、でしょ……大丈夫…?」 「へーきへーき。もう何ともないぜ。あ、ちょっとコンビニ寄るな。煙草きれちまった。お前の分も買うか?」 暁はウィンカーを出し、コンビニの駐車場に車を停めた。 「俺は、いいです……」 「んー。じゃ、なんか飲むか。ホットコーヒー買ってくるな」 頷く雅紀の頭をポンっとして、暁は車を降りて店の中に入った。 雅紀が不安にならないよう、店の中がよく見える位置に車を停めた。店に入ってからも、中から手を振り、自分がいることをアピールする。 雅紀は今、神経が参っていて、ちょっとしたことでも過敏になっているだろう。 暁はため息をついて、まだ痛む肩をそっと押さえた。      

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