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愛よりいでて誰より愛(いと)し4
煙草とコーヒーを買うと、暁はすぐに車に戻った。
不安気に自分の姿を目で追っている雅紀に笑いかけ、コーヒーを渡すと、車に乗り込む。煙草の封をきり1本くわえ、車に置いてあったマッチで火をつけた。
「んー。やっぱマッチの方が煙草は旨いな。オイルライターのあの匂い、俺は苦手だわ」
「マッチ……買い置きしてるんですね。今、なかなか手に入らない……ですよね?」
「んーいや、そうでもないぜ。箱のヤツはコンビニでも売ってるよ。ただ、このタイプのマッチは手に入りにくいかなぁ?俺はもじ丸に行った時に、いつも何個かもらってんだよ」
「もじ丸……。なんか……懐かしい……かも」
雅紀は暁のマッチを手に取り、印刷されている店のロゴのまんまるい文字を、しげしげと見つめて呟いた。
本当に、ここ数日いろんなことがありすぎて、雅紀と初めて会ったあの日が、遠い昔のようだ。
暁は細く開けた窓の隙間から煙を吐き出すと、
「なあ。雅紀。お前さ、大学は東北だったよな?もしかして、宮城?」
「あ……うん。仙台です」
「そっか……。あのさ、俺と初めてコンビニの前で会った時、昔の知り合いとそっくりだって……言ってたよな?」
雅紀は顔をあげ、暁を見て微笑み
「そうでしたね。ほんと良く似てましたよ。俺、びっくりして…」
「そいつのこと、お前、好きだったよな」
雅紀は暁の顔をまじまじ見つめて
「えっ……と……。あの……なんで断定?」
「元彼と別れた時、凄く好きな人がいたってさ、そいつのことだろ」
雅紀は少し顔を赤くして
「や、えと……。う、うん、そうですけど…」
戸惑う雅紀に、何故か暁はご機嫌な様子で
「そっか。やっぱりな」
雅紀は首を傾げ、にこにこしている暁に不思議そうな顔をして
「何で嬉しそうなんですか?」
「や~だってそうだろ。それってお前が俺のこと、すっげえ好きってことだもんな」
雅紀は頭の上に?マークを飛ばした。
「え。え?俺、分かんない。なんでそうなるんです?」
暁は煙草の吸殻を灰皿に放り込むと、雅紀の方に身体ごと向いて
「だってさ。俺にそっくりな都倉秋音に、お前が昔から惚れてたってことはさ、アレだな、もう運命ってやつだよな」
1人納得顔の暁に、雅紀は更に首を傾げ、はっとして目を見開いた。
「え?ちょっと待って、暁さんっ。なんで名前、知ってるの?」
「んー?名前?」
「とぼけないっ。名前。俺、言ってなかったですよね?秋音さんの名前っ」
雅紀は焦った顔で手を伸ばし、暁の腕を掴んだ。暁はにっこりして
「やっぱ、都倉秋音なんだな。そうか。そうなのか……。すっげえ偶然。いや、偶然じゃねえな、ほんとに運命だったんだ、お前とあん時会えたのは」
「ちょっと、暁さん、答えてっ。あ…っ!もしかして暁さん、仙台で会ったの?秋音さんに」
暁は急に真顔になり、雅紀の手に自分の手を重ね
「お前に、話してなかったこと、あるって言ったよな」
「え……あ、はい」
「俺さ、昔の記憶がねえの。事故でさ。いわゆる、記憶喪失ってヤツな」
「え……。記憶……喪失……?」
「そ。早瀬暁って名前は借り物だ。もじ丸のおじさんとおばさんの、失踪しちまった息子さんの名前なんだよ」
「え……。じゃあ…」
「俺はずっと探してたんだよ。本当の自分の名前をさ。そして見つけたんだ。仙台で」
雅紀は震えながら、首を横に振った。
「え……嘘……でしょ……そんな、まさか…っ」
「雅紀。俺の本当の名前は、都倉秋音だ。まだいろいろ調べなきゃなんないけどな。でも、ほぼ間違いない」
雅紀は目を大きく見開き息を飲むと、震える指を伸ばして、暁の頬に触れた。
「暁さんが……秋音さん…?」
「そう。お前が昔から惚れてた都倉秋音な」
雅紀は瞳を潤ませ、暁の顔をそっと撫でながら
「秋音……先輩……?」
暁は微笑むと
「そう呼んでたんだ?俺のこと」
雅紀の目から、盛り上がった大きな雫が、こらえきれずにポロリと零れ落ちた。
暁は、ちょっと辛そうな顔になり
「だから~泣くなって。お前の泣き顔、俺、ダメなんだよ。こう、胸の奥がぎゅ~って痛くなる」
暁は、雅紀の目から零れた涙を、指でそっと拭った。
「昔、お前のこと、俺こんな風に泣かせたんだろ?だからこんなに苦しいんだな、きっと」
雅紀は首をふるふると横に振り
「ちがっ……違う……俺っ…嬉し…」
暁は雅紀の身体を引き寄せ、ぎゅうっと抱き締めて
「お前のおかげで、俺は本当の自分を見つけられた。お前、やっぱり俺の天使だよ。雅紀。最っ高の恋人だ」
「あき……ら……さん…」
暁は、雅紀の身体をいったん離して、涙に濡れた目を見つめた。暁の目にも涙が滲んでいる。
2人は互いに見つめあい、やがてどちらからともなく唇を重ねた。
触れるだけのキス。啄むようなキス。何度も何度も重ねるうちに、キスは深くなっていった。
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