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番外編『愛すべき贈り物』187

だから、ある決意を持って、智也の元を訪ねた。 自分が仕掛けて雁字搦めにしてきた、柔らかい真綿で出来た鎖から、智也を解き放ってやらなければ、と。 本当は、自分の普通ではない過去を、智也に告げるのは嫌だった。そんなことは打ち明けずに、時が来たんだと淡々と別れを告げる。その方が、智也に余計な心の負担を感じさせることもないし、本当は手放したくはない安寧の場所から、波風立てずに離れることが出来る。 ……そう、思っていたのだ。 智也の顔を実際に見るまでは。 でも智也は、不意打ちに訪ねた自分を、いつもと全く変わらない優しい暖かさで出迎えてくれた。 自分の様子がいつもとは違うことに、恐らくは気づいていただろう。でも、素知らぬ態度で、接してくれた。 何があったのかと根掘り葉掘り聞いてくることもなく、事務所を辞めると告げても「疲れちゃった?」と、まるで柔らかく包んでくれるようなさり気ない言葉をくれた。 その智也が、ちょっと不安そうに「祥。どこへ行くんだい‍? 遠い所‍?」と聞いてきた時ー。 平静を装ってはいても、智也の心の揺らぎが透けて見えた気がして、ぎゅっと胸を締め付けられた。 誰に対しても、誠意があるとは到底言えない言動を繰り返してきた自分だが、この男にだけは……智也にだけは、自分は真摯に向き合うべきだと思った。 智也にだけは、適当なことを言って、切り捨てるようなことをしてはいけない。 だから全てをさらけ出した。 自分という人間をこれまで形成してきた、ルーツの全てを。 優しいけれど、ごく一般的な価値観を持った智也に、自分の過去は容易には受け止められないだろう。多分、酷いショックを受けるだろうし、もしかしたら、聞きたくなかったと思われるかもしれない。 そう、思っていたのだ。 でも……。 ……なんなの、こいつ。なんなんだよ。なんで……そんな顔して泣いてんだよ。なんで……そんなこと、簡単に言えちまうのさ‍? もっと早く俺の心に寄り添いたかった、とかさ。共犯者になりたかった、とかさ。 どうしてそんなこと、さらっと言っちまえるんだよ! ほんと……ばっかじゃねーの。智也。おまえ……おまえ……。 さっき散々泣いた目の奥が、またじわじわと熱くなってくる。まるで目の前の智也の兎目が、少しずつこちらにうつってくるみたいだ。 「……ば……っか。……泣くなっ」 声が震えた。智也はくしゃっとまた顔を歪めて 「そう、だね。ごめん。俺が……泣くなんて、ほんと、おかしいよね」

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