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第35章 繋がる記憶。重なる思い1

結局、一緒に駐車場まで行った雅紀と、アパートまでの道を並んで歩いた。 雅紀は瀧田の趣味の悪い服をやたら気にしていて、暁の影に隠れるようにして引っ付いてくる。 暁はそんな雅紀が可愛くて、そっと手を握ってみた。雅紀はキョロキョロ辺りを見回しながら、こっそりと暁の手を握り返してきた。 アパートの鍵を開け、部屋の中に入ると、暁は窓を開け、空気を入れ換えた。雅紀は早速、自分の旅行鞄を開いて、着る服を物色し始める。 「えー。それ脱いじまうの?まだ触り心地、堪能しきってねえのになぁ」 「堪能しなくていいです。そんなの」 ちぇ~っと拗ねてみせる暁をちらっと見て、雅紀は振り返ると 「暁さん。暁さんのシャツなら着ますけど?」 ソファーに座りこんで、拗ねポーズをしていた暁は、雅紀の言葉に目を輝かせて立ち上がった。 「ま……マジ?え、いいのかよ。彼シャツ」 雅紀は無言で頷くと、暁に手を差し出した。暁はいそいそと押し入れに飛んでいき、とっておきのシャツを引っ張り出し、雅紀の手に渡した。 雅紀はまたくるりと背を向け、瀧田のフリフリのシャツを脱ぎ捨てた。暁のシャツに袖を通し、前のボタンをとめると、ピタッとしたレザーパンツを脱ぎ、鞄の中から取り出したニットトランクスを穿いた。 「んー。トランクスってのがいまいち色気ないよな」 雅紀の着替えを後ろから眺め、ぼそっと呟く。雅紀は聞こえないフリをして、脱ぎ捨てた瀧田の服をつまみあげ 「これ、捨てちゃってもいいですよね?」 「ん。当然だろ。お前が素肌に身につけたもんなんか返したら、あの変態を喜ばせるだけだ」 暁は憮然とした顔になり、雅紀から服を受け取ると、部屋の隅のゴミ箱に突っ込んだ。 だぼだぼのシャツ1枚で、雅紀が所在なさげにしていると、暁はまた機嫌の良さそうな顔に戻り、ちょいちょいと雅紀を手招きする。 雅紀は警戒心をあらわにして、恐る恐る暁に近づき 「変なことするのはナシですからね?」 念を押してから、ソファーに座った暁の隣に腰をおろした。 「何その念押し。信用ねえなぁ~俺」 「日頃の行いの賜物ですね」 ツンツンしている雅紀も可愛いよな~などと内心思いつつ、雅紀の肩に手を回して抱き寄せる。 「こんくらいはいいだろ?」 お得意の低音ボイスで耳元に囁くと、雅紀はピクンと震えつつ、ツンと澄まし顔だ。 ……んな顔したって耳赤くなってるっつーの。 「ね、暁さん、さっきの話の続きなんですけど…」 「ん?あ~。そうだな。あのな、雅紀、お前にはちょっと辛い話になるけど……大丈夫か?」 「……辛い……話……?」 「うん。多分な。あ~……えーとな、お前が想像してる辛いのとはまた違うんだよ」 顔を強ばらせた雅紀に、暁は慌てて言い足すと 「確かに、都倉秋音は結婚していて、妻と子供がいたはずだ。俺が都倉だと判明したら、当然、家族の所へ行くべきだよな。お前が気にしてるのは、それだろ?」 雅紀は無言で頷いた。 「だが、都倉には妻はもういない。都倉が失踪する直前に、事故で亡くなってるんだよ。お腹の赤ちゃんと一緒に、な」 雅紀は目を見開き、口を手で押さえた。暁は哀しく微笑んで 「藤堂社長がその時のことを話してくれたよ。都倉は妻の葬儀の後、1週間会社を休んだそうだ。そして社長に辞表を提出して、住んでいたマンションも荷物も全て整理して、仙台から姿を消したらしい。どうしても調べたいことがある、と言い残してな」 雅紀は言葉もなく青ざめて目を瞑った。 秋音の大切にしていた彼女には、昔何回か会ったことがある。清楚で優しそうな華奢な女性で、秋音とは似合いの綺麗な人だった。あの頃は、秋音への思慕もあって、幸せそうに秋音の隣で笑っている彼女を、羨望の眼差しで見つめていたものだった。 ……あの人が……死んだ?お腹の赤ちゃんと一緒に?じゃあ秋音先輩は、自分の子供に会うこともないまま……。そんな……そんな……哀しいことって……。 「都倉の住んでいたマンションにも行ってみたよ。もしかしたら何か……思い出せるかもしれないってな。だが残念ながら、全て他人事だった。都倉の哀しみを想像してみることは出来ても、俺の頭は壊れたままだ」 暁の自嘲めいた言葉が気になって、雅紀は目を開けて彼の顔を見つめた。 暁はひどく哀しい目をしていた。まるで迷子の子供みたいに。 自分の頭をポンコツだと、壊れてると、そう自嘲する暁の、心の嘆きが聞こえてくるようだった。 荒れていた時期があったと、暁は前に言っていた。自分の過去を探しながら、ずっと苦しんできたのだ、この優しい人は。 暁が自分にあれほど親身になってくれたのは、絶望や哀しみを、暗闇でもがく苦しさを知っているからこそ、なのだろう。 雅紀はそっと手を伸ばし、暁の頬を優しく撫でた。 その頬に涙は伝っていない。でも目には見えない涙が、この頬を濡らしているのだろう。 

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