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繋がる記憶。重なる思い―2
暁の頭をそっと抱きかかえて、彼がいつもしてくれるように、優しく髪を撫でた。暁は雅紀の胸に顔を埋めたまま、黙って大人しくしている。
「ね……暁さん。暁さんが記憶を無くしたのって、どんな事故だったんですか?」
「んー……。俺はよく覚えてねえの。俺の記憶は病院の真っ白な壁から始まってる。たださ、たまたまその現場に居合わせた、もじ丸のおじさんとおばさんから、後で聞かされた話だとさ」
「うん」
暁は雅紀の胸に甘えるように顔をすりよせ
「ひき逃げだったみたいだな。おじさんたちが凄い音に驚いて、慌てて駆けつけた時は、車は走り去った後でさ、俺は突き飛ばされて、ガードレールの隙間から崖下に落ちてって、途中で辛うじて引っ掛かってたらしい」
雅紀の腕に力が入った。まるで痛みを堪えるみたいに、ぎゅっと抱き締めてくる。
「おじさんたちが救急車を呼んでくれたんだ。俺は意識不明の重体で、その後5日ぐらい生死の境をさまよって、意識を取り戻した時には、過去を全て失ってた」
「そう……。じゃあもじ丸のおじさんとおばさんは、暁さんの命の恩人なんですね」
暁はずるずると下がっていって、雅紀の膝に頭を預けると、
「そう。あの人たちには感謝してるんだ。
命の恩人っていうだけじゃねえの。何もかも無くして、不安と焦りで混乱しまくってた俺に、辛抱強くあったかく寄り添ってくれてさ。絶対に諦めるな、必ず光は見えてくるからって、何度も何度も励まして、背中押してくれた。
何の役にも立たねえ抜け殻みたいだった俺を、家に置いてくれてさ。親代わりになって、面倒見てくれて。
今の仕事や田澤社長を紹介してくれたのもあの人たちだ。俺はあの人たちのお陰で、今、自分の足でちゃんと立って生きていけてる。
ほんとにさ……一生かけても返しきれないほどの恩を受けた、大切な人たちなんだよ」
「そうだったんですか……。素敵なご夫婦なんですね。だからおばさんの料理は、心がほっこりするような、優しい味がするんだ…」
膝枕で甘えてくれる暁の気持ちが嬉しくて、雅紀は暁のちょっと固めの髪を、優しく撫でながら微笑んでいた。
「今度、もじ丸に行ったらさ、改めてお前を紹介するつもりだったんだよ。俺にも一生大事にしたい、大切な恋人が出来たんだ~ってさ。すっげえ喜んでくれるぜ、あの人たち」
暁の言葉に、雅紀はピタッと手を止めて固まった。暁がひょいと見上げると、目をまん丸くして自分を見下ろしている雅紀と目が合った。
「なんでそんな驚いてんだよ?」
「や、だって…」
「恋人って紹介されるの、嫌なのかよ」
口を尖らせた暁に、雅紀は焦って手をぶんぶん振り
「え、や、嫌とかじゃなくて、暁さんの親代わりなんですよね?お2人は。男の恋人なんか連れていったら……きっとがっかりします」
哀しげな目をする雅紀に、暁は笑って
「ばーか。がっかりなんかしねえよ、あの人たちは。むしろ、お前のことを心配してくれるぜ。こんなろくでなし息子が相手で、本当にいいのかってな」
雅紀はまた目をまん丸にして、苦笑しながら首をふり
「そんなこと、ない。俺にはもったいない人ですよ、暁さんは。ゲイの俺なんかに関わらなければ、ちゃんと女性を愛せる人なんだし……っいっ」
暁はひょいと手を伸ばして、雅紀の口の端を摘まみあげた。
「……いひゃいっ……あきらひゃんっ」
「おまえね~その、俺なんかって言い方やめろ」
暁は雅紀を睨み付け、指で頬っぺたをぐにぐにして
「こんだけ言ってんのに、まだ分かってねえのかよ。ちゃんと女を愛せるって何だよ。俺は、女じゃなくて、お前を愛してんの」
暁に手を放されて、雅紀は顔をしかめ、口の端を手でさすった。
「だって」
「だってじゃねえの。またそんなこと言ったら、お仕置きだかんな。……あ」
お仕置きの一言に、顔を強ばらせた雅紀に気づき、
「……悪いっ。口が滑った」
雅紀は首をふって
「大丈夫。そんな、気を遣わないで。俺、へいき」
暁は、体勢を変え、雅紀の顔を真っ直ぐ見上げて
「お前こそ、変な気ぃ遣うなよ。嫌だったら嫌、辛かったら辛い。俺にだけはちゃんと言ってくれな」
暁はまた手を伸ばすと、今度は両手で雅紀の顔を優しく包んだ。雅紀は微笑んで頷く。暁は身体を起こして、雅紀にちゅっと口づけると
「さてと。話はひとまずここまでな。布団敷いてやっから、お前少し横になんな」
ソファーから立ち上がった暁に、雅紀は不満顔で
「え……俺、眠くないし…」
「そんな顔しない。お前、目の下の隈、また酷いぜ。自覚ないかもしんないけど、疲れてんだよ」
暁は雅紀の頭をくしゃっとして、押し入れに向かった。
「暁さん。もじ丸に行ったら…」
暁が振り返ると、雅紀はちょっとはにかんで
「おじさんとおばさんに、紹介してください。俺のこと、恋人だって」
暁はニカっと笑って頷いた。
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