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絡まる想い。空回る心3
夕食を終えると、洗い物をしている雅紀にちょっかいをかけながら、洗濯物を干し、風呂を掃除してお湯をためた。
雅紀は時折、ぼんやりと考え事をしたり、沈んだ表情を見せたりしていて、暁の姿が見えないと不安なのか、風呂場や部屋にいちいちくっついてまわっていた。
まるで雛鳥を育てている親状態だが、あんなことがあった後だ。雅紀のこの情緒不安定は、しばらくは続くだろう。
側にいて不安を和らげてやることは出来ても、完全に苦しみを取り除いてやることは出来ない。何もしてやれない自分がもどかしいが、ゆっくり時間をかけて不安を解消してやる以外ない。
雅紀が寝ている間に、社長とは電話で話をした。
あれから、桐島大胡は瀧田と貴弘に、雅紀には勝手に接触するなと厳命し、社長とは事務所の前で別れ、東京に戻って行ったそうだ。
大胡が一応きちんと筋の通った人物でよかったとつくづく思う。
貴弘が素直に父親の言うことを聞くかどうかは疑問だ。だが、少なくとも大胡の方は、雅紀が今回のことで受けた精神的苦痛を、酷く心配している様子だった。出来る限りの償いをするし、もし雅紀が望むなら、カウンセリングを受けられるよう、いい医者を紹介すると申し出てくれているらしい。
桐島家に雅紀をなるべく関わらせたくない暁としては、医者の世話までしてもらう気は毛頭ないが、そういうまともな感覚を持っている人物だということに、ほっとしたのだ。
瀧田総一は桐島大胡の妹の子、つまりは甥だった。貴弘とは従兄弟ということになる。
暁が都倉秋音だと確定すれば、あの一族とは当然、今後深い関わりを持つことになる。
雅紀に、自分が都倉秋音だと思うと告げることは出来たが、貴弘と半分血の繋がった兄弟だとは言えなかった。
雅紀と愛人として身体を重ねていた貴弘に対する、暁自身の複雑な心境もある。
更に、自分が都倉秋音ならば、あの一族に対しては、決していい感情は抱いていないはずなのだ。
遠く離れた東北で、母親と2人暮らしをしていた秋音。どんな事情や理由があったのかは分からない。だが、父親に対して鬱屈した思いを持っていただろうことは、容易に想像出来る。
もし秋音の記憶を持った上で大胡に会っていたら、果たして自分は、あれほど冷静な態度を取れただろうか。
探していた本当の自分に、ようやく辿り着けたのに、今はまだ手放しで喜ぶ気持ちにはなれない。
「なあ、雅紀~、湯加減どうだ?」
浴室のドアを開けて、覗きこんで声をかけると、雅紀はびくっと飛び上がった。
暁の顔を見てほっとした表情になり
「ん。気持ちいいです~。暁さんも入ります?」
珍しく雅紀の方から誘ってくるのは、やはり1人だと不安なのだろう。
暁はニヤっとして
「一緒に入ってもいいけどさ、お前、悪戯されんの覚悟だぜ?」
「や、やっぱりいいっ」
雅紀は赤い顔で首をぶんぶんふっている。
「冗談だよ。さすがに俺もそんな体力ないわ。お前ものぼせないうちに出て来いよ~」
笑いながら顔を引っ込めようとすると
「あ、暁さん。明日、携帯ショップ行った後すぐ、仙台に行っちゃうんですか?」
「んー?いや、まだ決めてねえけど。ま、近いうちに行くことになると思うぜ」
雅紀は少し悩んでからおずおずと
「俺も、行きたい、仙台。いや、俺も連れてってください」
「お。まじ?一緒に行ってくれんのか?」
「うん。お邪魔じゃなければ…」
暁はにかぁっと嬉しそうに笑って
「もちろん、邪魔じゃねえよ。大歓迎っ。あ、んじゃ、温泉行こうぜ、温泉っ。旅館予約するからさ」
急にはしゃぎ始めた暁に、雅紀は顔をしかめ
「暁さん…仕事なんですよね……?」
「んな堅いこと言うなって。仕事はちゃんとするぜ~。たださ、ドタキャンしちまった都倉の親友にさ、また次の機会に是非会いたいって言われたんだよ。俺も都倉の話、いろいろ聞きたいしな。だから仕事半分、私事半分って感じかな」
「秋音さんの、親友さん…」
「ん。あ、長話してたらのぼせるな。風呂あがってからゆっくり話そうぜ」
先に風呂からあがり、暁が入っている間に、布団を敷こうと部屋に行くと、既に2組、綺麗に並べて敷いてあった。お揃いで青とピンクの色違いの枕が並んでいて、まるで新婚さんみたいで気恥ずかしい。
……ピンクの枕カバーなんて、持ってたんだ、暁さん。
ってか、これ新品?いつのまに買ったんだろ。
やっぱピンクの方が俺……ってことだよな……。
雅紀は寝間着代わりのTシャツと短パン姿で、布団の上にぺたんと座ると、ピンクの方の枕を抱きかかえた。
いろんなことが次々に起きて、びっくりするような事実も判明して、なかなか実感が沸かなかったが、また暁のアパートに戻って来られた。暁とさよならにならなくてよかった。あんなひどい姿を見られたのに、暁はまだ自分を好きでいてくれる。
雅紀はじわ……と滲んできた涙を拭って、抱き締めた枕に顔を埋めた。
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