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絡まる想い。空回る心4
風呂あがりの濡れた髪を、タオルでごしごし拭いてあげると、暁は目を閉じて気持ち良さそうな顔をしている。
……前にも思ったけど、こうしてると大きな犬みたいだな……。
普段は少し長めの髪を、軽くワックスをつけて後ろへ流している。洗いざらしの髪は、今は顔にふわっとかかっていて、いつもより若く見える。
……うわ……暁さんの目尻って凄いな……きゅーって切れ上がってて……めちゃ格好いいし……。
思わずまじまじ見つめて、そぉっと目尻に指を伸ばすと、暁の目がパチリと開いた。
「なに。あんまり男前だから見惚れてた?」
目が合ってニヤリとされて、雅紀は慌てて指を引っ込め
「ちっ違うし…っ」
ぷいっとそっぽを向く雅紀の頬がほんのり染まっていて、暁はますますにやけ顔になる。
「お?素直じゃねえな。白状しろよ。格好良くて、ますます惚れ直しましたってさ~」
雅紀はちろっと暁を睨み、
「惚れ直しませんよ」
「うわっ。可愛くねえの」
暁は不貞腐れて、雅紀の顔をこちらに向けさせようと腕を伸ばす。
「最初から、最高に惚れてますから。これ以上、惚れ直しようがないくらい」
膨れっつらでじたばたしていた暁が、途端にピキンっと固まった。間抜けな表情で雅紀の顔をじっと見つめ
「ど……した?お前、そんな…」
上擦った声を出す暁に、雅紀ははにかんでみせ
「7年前からずっと大好きでした。俺の初恋だった。諦めたくて、諦めきれなくて、こちらに戻ってからも、何回夢に見たか分からない。再会出来るなんて……。貴方が俺のこと好きって言ってくれるなんて……ほんと夢みたいだ」
微笑む雅紀の目から、涙がぽろんと零れ落ちた。
暁はその綺麗な泣き顔に、呆けたように見惚れていた。綺麗過ぎて儚くて怖いくらいだ。
暁はごくりと唾を飲み込むと、怖々手を伸ばし、その大きな瞳から零れる涙を、指先でそっと拭って
「泣くなよ。お前の涙、綺麗過ぎて辛い。それにさ。嬉しいけど複雑だな。お前をそんなに惚れさせた、都倉秋音って男に、嫉妬しちまいそうだ……」
雅紀はくしゃっと泣き笑いの表情になり
「ふふ。自分に嫉妬?」
「だってそうだろ?都倉は俺だけど、俺は都倉がどんな男だったか知らねえもん。お前を7年も片想いさせるなんてさ、なんか悔しくて、もの凄~く妬ける」
雅紀は両手を伸ばし、暁の顔をふんわりと包んで
「じゃあ、暁さんに惚れ直します。俺の初恋、もう一度、やり直していいですか?」
泣き顔で首を傾げて聞いてくる雅紀に、今度は暁の方が泣きそうな顔になる。
「お前をふって他の女と結婚した秋音なんて、忘れちまえよ。お前の初恋は俺だ。俺はお前に片想いなんか絶対させねえから」
雅紀はぽろぽろと涙を零しながらうなづいて、暁の首に手を回して抱きついた。
……早瀬暁が……秋音だと?
桐島貴弘は、神奈川の自宅に戻るとすぐにホームバーの棚からスコッチを取り出し、ロックで飲み始めた。
最近、酒の量が格段に増えているのは自覚している。妻に、子供が出来ないことを理由に、離婚届けを突きつけられた頃から増え始め、起業の忙しさから食事の取り方が雑になり、更に飲み方が荒くなった。
唯一の癒し的存在だった雅紀からの連絡がなくなり、仕事に忙殺されて連絡出来ずにいたら、早瀬暁という探偵と一緒に現れた。
雅紀と会うのは、昨年のクリスマスイブに食事をしてホテルで過ごして以来だった。
貴弘としては、クリスマスイブに家族より雅紀を優先したことは、雅紀の存在がいかに自分には大切かということを示したつもりだった。
用意したアクセサリー類は、高価過ぎるからと受け取っては貰えなかったが、雅紀はもともと自分に贈り物をねだるような性格じゃない。いずれ妻との離婚が成立したら、シンプルで上質な指輪を、プロポーズがわりに渡してやろうと、その時は無理に押し付けるような不粋な真似はしなかった。
それがどうだ。
自分に会えないのが寂しくて、気を紛らわす為に他の男と遊んでしまったのだろうと、最初は多目に見るつもりだった。仕事にかまけて雅紀をほったらかしにしていた自分も悪かったのだから。
だが、連絡に応えず、電話にも出ず、会社に連絡しても有給休暇を取っていて、アパートの部屋にも帰っている様子がない。
探偵を別に雇って調べさせたら、どうやら早瀬暁とずっと一緒にいたらしく、出社してからも、朝、車で送ってもらっているようだとの報告を受けた。
さすがに羽根を伸ばし過ぎだ。少しお灸をすえてやるかと、総一の人脈を利用して雅紀の上司を買収し、仕事にかこつけて、総一の別荘に招き入れた。
ようやく会えた雅紀は、酷く痩せていて、せっかくの綺麗な顔が痛々しいほどやつれていた。
全身には早瀬暁につけられたのであろう、吸い跡。見た瞬間、頭に血がのぼった。さっさとあんな男から、雅紀を保護してやらなかった自分に腹がたった。きっと酷い目にあっていたのだ。
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