114 / 356
哀しい嘘。近くて遠い月4
「お連れしました」
「ご苦労様。用があったら呼ぶから待機してて」
男たちは一礼してドアの外に立つ。暁が中に入るとドアはまた自動で閉まった。
部屋の中には、男が一人。
こいつが主人なら、瀧田総一だ。眼鏡をかけたなかなかの見映えの男で、気障ったらしく身につけた黒のタキシードが、長身で細身の体によく似合っている。
「瀧田総一か?」
「ようこそ。早瀬暁くん。君の噂は雅紀から聞いていますよ」
暁は片眉をあげ
「雅紀はどこだ」
「奥の部屋にいますよ。そろそろお休みの時間だったのですけどね」
「会わせてくれ」
「雅紀は君に会いたくないそうです」
暁はキッと瀧田を睨み付け
「雅紀の言葉は、本人から直接聞く。通してもらうぞ」
瀧田は首をすくめ
「どうぞ。……ああ、ひとつだけ。彼はとってもデリケートですからね、乱暴な真似はしないであげてくださいね」
暁は無言で瀧田をねめつけると、奥の部屋に向かった。
ドアを開けようとすると、勝手に開いた。また自動かよっと思いながら、中に足を踏み入れようとすると、
「ねえ、総一。彼はまだ?俺、もう眠いんだけど」
不機嫌そうな顔をした雅紀が、目の前に立っていた。
暁は思わず息をのみ
「雅紀っ。おまえ、無事か」
雅紀はしかめ面のまま、ゆっくり顔をあげると
「ああ。来たの。早瀬暁さん」
暁はじっと雅紀の目を見つめ微笑んで
「雅紀。心配したんだぜ。スマホ、繋がらなくなっちまうからさ」
雅紀は暁の目を見つめたまま、小首を傾げ
「俺、ライン送りましたよね?お別れのメッセージ。届いてませんか?」
「雅紀……」
「しつこく付きまとわれるのは御免だな。あなたとはもう終わったんです。彼にバレたらまた喧嘩になっちゃう。帰ってくれませんか?」
ふいっと目を逸らし、雅紀は暁のそばをすり抜けて、瀧田の所へ歩いて行った。黒いフリルのドレスシャツと、身体にぴったりとした黒のパンツ。瀧田の装いや部屋の雰囲気に見事にマッチして、ほっそりした雅紀にもよく似合っている。
暁は雅紀の姿を目で追い、瀧田と目が合って、顔をしかめた。瀧田は楽しそうに笑っていた。
「だから言ったでしょう?雅紀は君に会いたくないと」
こちらに背を向け、瀧田に寄り添う雅紀を、暁はじっと見つめた。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!