657 / 665

番外編『愛すべき贈り物』206

撮影のラストは、式場にある教会で、父親役の年配のモデルに手を引かれながらの、入場シーンから始まった。 里沙は、一番最初に海側にせり出したテラスで撮影した時の、クラシカルな純白のドレスを身につけている。手の込んだ刺繍の施されたオールドレースのヴェールで顔を覆い、パイプオルガンの伴奏に合わせて、しずしずとバージンロードを歩む。 その先には新郎役のモデルが、待っていた。 父親役と新郎役は、撮影で顔は出さない。あくまでも今回の主役は、モデルの里沙とドレスだ。 ラストステージの撮影も順調に進んでいった。そしていよいよクライマックスは、神前でヴェールをあげられた花嫁の姿。 参列者役のスタッフたちに見守られながら、里沙が父親役の男の手から離れて、新郎の隣りに並んだ。 新郎役が、厳かに慎重にヴェールを巻き上げていく。そっと目を伏せた里沙の幸せそうな微笑みにシャッターの音が響く。 「はい!OK」 監督の合図と共に、その日の撮影は全て終了した。 スタッフたちが機材やセットの小物を抱えて引き上げていく。 最後に残されたのは、里沙と橘だけだった。 橘が満足そうな笑みを浮かべ、里沙に歩み寄る。 「ご苦労さま。素晴らしかったよ、里沙。最高のラストシーンだったな」 再びヴェールをおろし俯いていた里沙が、少し身動ぎした。橘は、その手を取って、指先にそっと口づけると 「君の人生のステージは、これから新しい幕があがる。受け取っておくれ。私からのプロポーズを。妻として籍を入れることは叶わないが……一生、君を大切にすると誓うよ」 橘はそう言うと、里沙の顔を覆うヴェールを優しくあげていった。里沙が伏せていた目をゆっくりとあげる。 「ふうん……。あんたさ、男にプロポーズとかって、そういう趣味、あったんだ‍?」 花嫁の口から飛び出した、嘲るような言葉に、橘ははっと息を飲んで目を見張った。 唇の端をきゅーっと釣り上げて、皮肉めいた笑顔を見せているのは…… 「なっ……っっ、祥悟!‍?」 橘の間抜けな仰天顔に、祥悟はくくく……っと堪えきれずに笑い出した。 「ははは~。なにそのあほ面! そ。俺は祥悟だよねぇ? 里沙じゃねえし‍? いくら双子でもさ、惚れた女と区別つかないとか、ありえなくない‍? その目は節穴かよっ」 祥悟はけらけらと笑ってヴェールをむしり取り、床に投げ捨てて、かがみ込んで橘の顔を下から睨めつけた。 「それとも……俺でいいならそのプロポーズ、受けてやろうかぁ?」 橘はわなわなと怒りに震え 「貴様……っ ふざけた真似を! 里沙、里沙はどこだ!‍?」 手を伸ばして掴みかかろうとする橘の手を、祥悟はひょいっと躱すと 「ふざけてんのはてめえだろ‍?里沙はな、おまえのものになんか、絶対にならねえんだよ! この勘違いクソジジイがっ」 そう言ってドレスの裾をがばっとたくしあげ、踵を返してバージンロードを出口に向かう。 「待て! 里沙をどこに隠した! 貴様~、こんなことをしてタダで済むと思うなよ」 「はっ! やれるもんならやってみろよ!」 怒りの形相で追いかけてくる橘に、長いドレスの裾を踏んづけられた、その時ー。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!