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第37章 新月1
「暁さん。やっぱり俺、服買って着替えるっ」
「おーい、まだ言ってんのかよ。大丈夫だって。そのパーカーお前似合ってるし、ちゃんと美人さんだぜ」
携帯ショップを出て、街中をぶらぶら歩く。思ったより手続きに時間がかかり、時刻はもう昼近かった。先に飯を食ってから事務所に行くかと、暁が心当たりの店に向かう途中、雅紀は周りの店をキョロキョロ見ながら、自分の服装を気にしていた。
「や、でも事務所行くのに、Tシャツとジーンズにパーカーって。やっぱりちょっとラフ過ぎましたよね」
「だから大丈夫だって。お前は社員じゃねえんだし、だいたいあのオフィスの連中は、み~んなカジュアルだぜ。一応スーツらしいの着てるのって、社長ぐらいだし」
「お客様と会う時はどうするんです?」
「事務所に来た客は、誰か手の空いてるヤツが、そのまんまの格好で対応するし。客に会いに行く時は、更衣室でスーツに着替えてから、出掛けたりしてるぜ。お。あったあった。ここな」
暁に促され、雑居ビルの地下へ続く階段を降りてゆくと、和食懐石料理の店があった。
「わ……なんか……ここ、めちゃめちゃ高級そう…」
「ん。夜はそれなりの高級店。でもここのランチが安くて美味いんだよ。1000円以内で何種類か選べるんだけどさ、俺のお薦めは焼き魚定食。天丼も美味いぜ」
「ふ~ん」
入り口にデカイ生け簀があり、間接照明で照らし出された店内は、全て半個室になっていて、内装やインテリアもいかにも高級そうだ。まだ昼前だからなのか、待たされもせず、すぐに席に案内された。
「残念ながら席は禁煙な。……ってか、そういえばお前、煙草持ってる?つーか最近吸ってる?」
雅紀はランチメニューの写真を見比べながら
「あー。なんかこのところあんまり吸いたい欲求なくて。一応持ってきてはいるけど」
「そっか。んじゃ禁煙するいいチャンスかもな。んーと。お、今日の魚って銀むつじゃん。俺は焼き魚定食にするぜ。お前は?」
「じゃあ俺もおんなじで」
お茶を持ってきた店員に注文すると、暁は鼻をくんくんして
「ここな、炭火焼きなんだよ。しかも焼き加減が絶妙。まさに職人技」
「焼き魚ってシンプルな料理だから、焼き加減が難しいですよね」
「そそ。家のガスレンジじゃあの焼きは無理だな。まあ食ってみな」
ほくほくしながら注文の品を待つ、暁の子供みたいな表情が可愛い。雅紀は思わずくすっと笑って
「暁さん、食べること好きですよね。だから作るのも上手いんだ」
「そ~。食いしん坊はさ、日々の食事に妥協がないからな。それに俺は今、可愛い恋人に、美味くて栄養のあるものを食わせることに燃えてるの。あ、そうだ。仙台に行ったら目一杯食おうぜ。予約した温泉旅館、料理が自慢らしい。あとさ、牛タンの美味い店、桜さんが教えてくれたからさ」
「ほんと食べることばっかりだ。仕事のこと忘れてるでしょ。そういえば、仙台での仕事って、やっぱり人探しなんですか?」
雅紀の質問に、暁はちょっと嫌そうな顔になり、顎をポリポリかいた。
「まあな。でもその案件はさ、もうほとんど調査終了してんだよ。後は報告書作って依頼人に渡すだけ」
「え……そうなんだ?じゃあ見つかったんですね、その人」
「んー……。見つかった……な。後は本人かどうか調べるだけ……だし。その辺は事務所に帰ってから社長と打ち合わせ、な」
暁の返事が、なんとなく歯切れが悪い。
「凄腕なんですね、暁さん。だって仙台って一泊しただけでしょ?もう見つかっちゃったんだ…」
「……まあな。俺、優秀だから」
何故か力なく笑う暁に、雅紀は不思議そうな顔をした。
……そういや、桐島貴弘に依頼された件、社長には報告したけど、貴弘本人への報告ってどうなってんだ?社長は何も言ってなかったし、俺から直接報告しなくてもいいのか……?
襖が開き、着物姿の店員がトレーを持って入って来た。魚の焼けた香ばしい匂いが部屋中に漂う。
店員は2人の前に定食の乗ったトレーを置いて、一礼して出て行った。
「うっわ。美味そう」
「だろ?」
暁はまた例によってどや顔だ。
「魚ももちろん美味そうだけど、切り干し大根なんて俺、久しぶりかも。あっこれ、貝の味噌汁。俺、大好きなんですよね~」
お椀の蓋を取り、嬉しそうにはしゃぐ雅紀に、暁は内心ほっとしていた。
前にストーカーに怯えて激痩せした時に比べると、とりあえず食欲は落ちてない。昨日も竜田揚げを思ったより食べていたし、人間、食べられるうちは悪い方向にはいかないものだ。
部屋で1人で留守番させて閉じ籠っているより、外に連れ出した方がいいだろうと強引に誘ったが、やはり正解だったかもしれない。
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