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新月3

暁はくく…と笑いながら『桜南海希』と文字を打つと、雅紀に画面を見せて 「桜並木じゃねえぞ。南の海の希望でなみき。これで本名だっつうんだから、すげえよな」 雅紀は画面を見つめて、驚いた顔になり 「あっ。こう書くんだ……。え……すごいネーミングセンス…」 「おふくろさんがつけてくれたんだってさ。そのおふくろさんの名前が桜風舞季。字はこうな。風舞う季節でふぶき。桜吹雪だ。凄くねえ?」 「わあ……」 雅紀はそれ以上言葉も出ない様子だ。 「あれで結構苦労してんだぜ。父親は桜さんが産まれる前に亡くなっててさ、おふくろさんが女手ひとつで育ててくれたらしいな。昨年の夏、病気でおふくろさんが亡くなるまで、自宅で介護しててさ。年下のイケメンと5回結婚して離婚して、結局子供には恵まれなかったみたいだな」 暁の話を雅紀は神妙な顔をして、黙って聞いている。 「この事務所の連中は、みんなそういう訳ありなヤツばっかだ。田澤社長自身が苦労人でさ。そういうのほっとけない人なんだよ。俺も社長に拾われた1人だしな。でもな、変わってるけど皆、気はいい優しいヤツらだぜ」 「そう……。みんないろいろあるんですね」 「そ。だからさ。桜さんとも他の連中とも顔合わせてさ、仲良くなっとけよ。もし俺が仕事でこっちにいねえ時に、お前に何かあってもさ、彼らがきっと力になってくれる。その為にお前をここに連れてきたんだ」 「暁さん……」 「そんな顔すんなって。もちろんお前を守るヒーローは俺な。他のヤツにその役目、譲る気はねえけどさ。万が一の時の用心だ」 親指を突き出す暁に、雅紀はこくんとうなづき 「ありがとう。暁さん。俺のこと、いろいろ考えてくれて……。俺……。暁さんに…」 「ほらそこー。いちゃいちゃしないっ。せっかく特製じゅーすを気合い入れて作ってきたのよっ」 突如トレーを持って現れた桜さんに、雅紀は飛び上がって、暁の側から慌てて離れた。暁はため息をつき 「あのゲテモノじゅーすを、気合い入れて作ったらどうなっちゃうんすか。雅紀はデリケートなんですからね。腹壊して更に痩せちまったら責任とってもらいますよ」 桜さんは雅紀に微笑みながら暁を睨み付けるという荒業をこなしながら、パフェグラスをテーブルに慎重に置いて、空になったトレーで暁の頭を叩いた。 「っ…いって~!」 「おだまりっ。何がゲテモノよっ。さ。雅紀くん、飲んでみてぇ。今日は特別にマンゴーも加えて12種類すぺしゃるみっくすじゅーすなのぉ」 目の前にドンっと置かれたパフェグラスに、なみなみと注がれた、オレンジとも緑とも言えない微妙な色のどろどろの物体。雅紀はかなり微妙な表情でそれを見つめ、そろそろと顔をあげて桜さんを見る。 優しく微笑む桜さんが、暁を睨む時の般若のような顔を目撃しているだけに、早く飲めよと言ってる視線に下手に逆らえない。 「い...…ただきます」 雅紀はぎこちなく微笑んで、グラスを持ち上げ、恐る恐る口をつけてみた。 最初の一口は、未体験の香りと味に危うく噎せそうになったが、ごくんと飲み込むと思ったほどひどい味ではない。雅紀はキョトンとした顔になり、もう一口、今度はぐいっと飲んでみた。 ……あ。結構嫌いじゃないかも……。や、案外いけるかも。 ふと目をあげると、固唾を呑んで見守る暁と桜さんと……他に男性が2人。雅紀はグラスを傾けたまま、新顔の2人に釘付けになった。 「………」 口の中のものをごくんと飲み下し、グラスをテーブルに置き、まじまじと自分を見つめている2人を見つめ返す。 「凄いなー。勇者だろ。君」 「うっわー。ほとんど飲み干してるっすね。大胆っていうか男前!」 2人はほぼ同時に感嘆の声をあげた。 雅紀は助けを求めて暁の方を振り返る。暁は笑いを噛み殺しながら 「雅紀~お前まじ凄いな。初めてそれ飲んで、最後まで飲み干せたのって社長ぐらいだし」 「や、そうじゃなくて、こちらのお2人は……?」 「初めまして。僕は古島直哉。ここでは社長の次に古株ね。早瀬にちらっと写真見せてもらってたけど、君、本当に美形だねえ。後でスケッチさせてもらえる?今度作る乙ゲーの攻略キャラデザにイメージぴったり…」 「あ。俺は仲西勇人でっす。この中じゃ一番新人かなっ?暁さんにはいっつもお世話になってますっ。雅紀さんって暁さんの恋人なんすよねっ?いや~俺、暁さんは女ったらしだって思ってたんすけど、美人なら男でもいける…」 暁はすかさず桜さんからトレーを奪い、勇人の頭に振り下ろした。 「い゛ってーーーっ」 パコーンっと小気味よい音がして、勇人は頭を抱えてテーブルの下に姿を消す。 雅紀は口をぽかんと開けたまま、自分の周りを囲む人達をキョロキョロ見廻した。暁は盛大にため息をつき、雅紀の頭をぽんぽん撫でて 「な?だから言ったろ?変なの……いや、強烈なのばっかだってさ」

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