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新月5
「ありがとうございます。んじゃ遠慮なく頂きます。社長。俺は記憶を失ったけど、人には恵まれてますね。貴方と早瀬のおじさんおばさん、実の親以上の親が3人もいてくれる。ほんと……感謝してます」
深々と頭をさげた暁の目に涙が滲む。田澤は微笑んで立ち上がり
「今度はお前が篠宮くんを支えてやれ。暁。お前が辛い時に見守ってくれた早瀬の御夫婦みたいにな」
優しく肩を叩かれて、暁は黙って深くうなづいた。
「気になる?奥の部屋の様子」
古島に声をかけられて、雅紀ははっとして振り返り
「あ……ごめんなさい。俺、また動いちゃった…」
古島は笑いながら首をふり
「いいよ。お疲れさま。もうだいたい描けたからね」
雅紀は伸びあがって、古島のスケッチブックを覗きこんだ。
「わ……。これ……俺ですか?」
目をまんまるにした雅紀の、視線の先にあるスケッチブックに描かれた人物は、どう見ても20才前の可愛らしい美少年で、柔らかそうな癖毛に、丸くて少し垂れぎみの大きな瞳、小さな唇と、雅紀のコンプレックスを具現化したような感じだ。
「おっ。相変わらず古島先輩、絵うまいっすね~。めちゃくちゃ特徴つかんでるっ」
雅紀の横からひょいっと覗きこんだ仲西が、ひゅうっと楽しそうに口笛を吹いた。古島は仲西を睨み付け
「当たり前。一応これ、僕の飯の種だからね」
雅紀はちょっと下がり眉になり
「ほんと……ラフなのに凄く綺麗……。でも…」
「あれ?気に入らなかった?篠宮くん」
「や……。あの、この子って幾つぐらいの設定ですか?ちなみに俺……28なんですけど……」
雅紀の言葉に、古島と仲西、更にはパソコンに向かっていた桜さんまで振り返り、3人でまじまじと雅紀の顔を見つめて
「えっ。そうなの?それは……ちょっと驚きだな」
「マジ?28って!俺より年上じゃないっすか」
「うそ~。21才ぐらいかと思ってたわぁ」
口々に驚きの声を発している。
……やっぱりか……。
雅紀はガックリと肩を落とした。
「こらっ。おめえら何騒いでやがる!仕事してんのか?」
ドアが開くなり、田澤の怒鳴り声が響き渡り、3人は蜘蛛の子を散らすように、慌てて自分の席に戻って大人しく仕事を再開した。1人取り残された雅紀は、田澤の後から姿を現した暁を、ちょっと不安げに見あげた。暁はにかっと笑って
「どした?そんな情けない顔してさ。その様子じゃ、あいつらにだいぶいじられてたんだろ~」
「暁さん……」
雅紀に歩み寄り、頭をくしゃっとすると
「報告完了。これで中の事務仕事は終わりだ。雅紀、俺これからちょっと外のお仕事な。お前も来るか?」
途端に雅紀は目を輝かせ
「えっ。俺も一緒に行っていいんですか?」
「いいぜ。但しお前が考えてるような、名探偵ばりの恰好いい仕事じゃねえからさ。がっかりすんなよ~」
暁の言葉をちゃんと聞いているのかどうか、既にワクワクしてる様子の雅紀に、暁は苦笑して
「んじゃ。社長、俺ちょっと出てきます。神奈川の案件の方、もしなんか動きあるようなら連絡ください。俺も別ルートから探ってみますよ」
「ああ。わかった」
暁に促されて雅紀は立ち上がると、田澤に一礼してから、桜さんたちのいる机の側まで行き
「あの。桜さん、古島さん、仲西さん、お仕事の邪魔してすみませんっ。相手して頂いてありがとうございます」
そう言ってぺこりと頭をさげた。3人は一瞬驚いたように顔を見合わせてから、雅紀を見て
「いいのよ~。勝手に構ってたのは私たちの方なんだからぁ」
「そ。君は気にしなくていいんだよ。気をつけて行っておいで」
「暁さん、人遣い荒いっすからねっ。酷いこと押しつけられたら嫌だって拒否って、とっとと逃げてきちゃっていいっすよ」
「おいこら、勇人っ」
3人の優しい笑顔に雅紀はほっとした様子で
「はいっ。じゃ俺行ってきます」
暁の後に続き、ドアの前で振り返って、もう一度ちょっと照れくさそうに微笑んで、一礼してから事務所を後にした。
残された4人は顔を見合わせ
「なんつーか……。めっちゃ可愛い人っすよね。雅紀さんって」
「……だね。年下癒し系キャラ」
「でも~勿体無いわ。彼氏持ちだなんてっ。しかも相手が早瀬くんだなんて。揃いも揃って女が放っておかないレベルのイケメン2人が、くっついちゃうなんて~~」
「まあ確かにいい子だなあ。暁にはちと勿体無いくらいのな。しかししゃあねえ。女にはとことんだらしなかったあいつが、あそこまで一途に惚れてんだ。男同士だろうがなんだろうが、応援してやるしかねえだろ」
ため息をつく田澤に、小島はにやっとして
「なんだかんだ言って社長、早瀬には甘いですからねえ。仙台行き、もちろん許可してあげたんですよね?」
田澤は苦笑して
「まあな。あれでひょっこり記憶も戻ってくれりゃ、言うことなしなんだがな…」
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