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第38章 心月1

「暁さん……」 「んー?」 後ろからついてきた雅紀が遠慮がちに話しかけてくる。暁が立ち止まって振り返ると、上着の裾をツンツン引っ張って、眉を八の字にしている雅紀と目があった。 「何?忘れもんでもしたか?」 「ううん。そうじゃなくて…」 「あ。わかった。俺がいなくて寂しかったんだろ~。何、ぎゅうってして欲しい?それともちゅうがいいか?」 暁がほくほく顔で唇を突き出しでくるのを、手のひらでストップをかけ 「違うからっ。そうじゃなくて、仙台行き……やっぱり社長さんダメって?」 暁はちょっと残念そうな顔で口を元に戻し 「いーや。大丈夫だぜ。予定通り、明日から仙台な」 「……お仕事で?」 「いや。有給だ。お前と美味いもん食って来いってさ、小遣いまでくれた」 「えっ……ほんと?いいんですか?俺にまでそんな気を遣ってもらって…」 恐縮する雅紀に暁は微笑んで 「社長、お前を気に入ってるぜ。どうやら例の放っておけない病が出たみたいだな。お前を支えてやれってさ」 雅紀は何とも言えない表情になり、後ろのドアを振り返った。暁は頭をぽんぽんして 「素直に甘えとけよ。俺にもさ、親代わりの俺が出すって言ったもんは断るなっ……てさ。すげえいい人だろ」 雅紀は潤んだ目で暁を見上げ、こくんと頷くと 「事務所に戻ったら、俺、改めてお礼言わないと」 「ん。んじゃさっさとお仕事済ませに行きますか」 暁はエレベーターのボタンを押すと、雅紀の肩を抱いて一緒に乗り込む。 1階のボタンを押し、ドアが閉まると、そのまま雅紀の身体をぎゅっと抱き締めた。 「えっあっ暁さんっ……んうっ」 監視カメラに背を向ける形で、雅紀の身体を抱き込んで唇を奪う。じたばたする暇もなく、舌を絡め取られて、雅紀は身体の力を抜いた。 深くて短いキスの後、唇を放して雅紀の顔をのぞきこむと、赤い顔で膨れっ面をしている。 「んもぉ……暁さん、キス魔ですか。ここは会社ですっ」 ぷいっとそっぽを向く雅紀の頬を、笑いながら指でつんつん押し 「んな怒んなって。事務所ではちゃんと我慢してただろ?」 雅紀は目を向き真っ赤になって、にやけている暁の指を避けて、ペシペシ叩いた。 「あっ当たり前ですっ。事務所でそんなことしたら、もう一生口きいてあげませんからっ」 「ね……暁さん。ここでお客様と待ち合わせ?」 ホテル街の一角の古びた喫茶店に、雅紀を伴ってぶらっと入り、飲み物を注文してからずっと、暁は新聞を読みながら煙草を吸って寛いでいる。最初は何が起きるのかと、ドキドキしながら緊張していた雅紀も、だんだん焦れてきて、アイスコーヒーのストローをくわえるついでに身を乗り出し、暁に小声で質問してみた。 「ん。もうすぐな。客が2人来るぜ。男と女、別々にな。まあ待ってろって」 同じく小声の暁の返事に、雅紀は無言で頷いて、また手元のスマホに視線を戻した。 それから15分ほどして、雅紀がまた顔をあげて暁を見た時、カランコロンとドアベルの音がして、暁の言う通り、男性客が1人、店に入ってきた。雅紀は緊張して、顔を動かさないようにちらっと入り口を見た。40代後半位のスーツを着た恰幅のいい男だ。慣れた様子で、マスターにコーヒーを注文すると、窓際の一番奥の席に腰をおろし、さりげない様子で店内を見回してから、煙草を取り出し吸い始めた。 ……あの人が……お客?女の人も別に来るって……。えと。これは浮気調査ってこと?かな? 雅紀はスマホを持ち上げ、机に両肘をついて、ゲームに熱中してるフリを装いながら、暁の顔を見る。暁は相変わらず新聞を読みながら、くわえた煙草を口から外し、灰皿に灰を落とすついでに、雅紀の顔を見てにこっとした。ポケットからスマホを取り出し、何やら文字を入力している。 雅紀のスマホがぶるっとラインのメッセージを受信した。ページを開いてみると、やはり暁からで ―あれが本日のターゲットな。 ―依頼人は彼の妻。依頼内容は浮気調査だ。 雅紀は表情を変えないように努力しながら、急いで返信した。 ―了解です。 またすぐに暁からメッセージが届く。 ―んな緊張しなくていいぜ。リラックスリラックス。 ―もし女の方も来たら、俺は先に会計して店を出るからさ ―2人が店を出る時に、ラインで教えて。

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