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心月3
「探偵事務所って、ひとり暮らしのおばあさんの、お家訪問なんてお仕事もあるんですね」
雅紀は運転席の暁を見た。すっかり顔色もよくなり、訪問先のおばあさんがくれた、おはぎの入ったタッパーを膝の上に大事そうに抱えて、なんだか幸せそうな顔をしている。
「いや。他の事務所はどうか知らねえけどな。うちの社長のモットーは困った人を放っておけない、だからな。何でもかんでも引き受けちまって、古島さんがぼやいてるぜ。うちはなんでも屋ですかってさ」
暁は感心している雅紀に苦笑して
「海外に長期出張してる御夫婦がさ、自宅で独りの母親が心配で依頼してきたんだ。だから週1で様子見に行って、必要な時は重たい物を代わりに買いに行ってあげたり、今日みたいに庭の手入れ手伝ったりな」
雅紀は嬉しそうに微笑んで
「楽しかったぁ。おばあさん、花の知識がはんぱないですよね。あんなにたくさんある植物、どれもこれもすらすら、名前とか育て方教えてくれたし」
暁は煙草をくわえて、窓を少し開け、マッチで火をつけると、
「あのばあさん、いつもはもっと気難しいんだぜ。若いくせにちょっと重たいもの持ったくらいでよろけてだらしないって、俺なんか説教くらったりしてるもんなあ」
口を尖らす暁に、雅紀は楽しそうにくすくす笑って
「俺にはすごく優しかったですよ。お孫さんが帰ってきたら、友達になってやってくれって言われちゃいました」
ご機嫌な雅紀に、暁は吹き出して
「随分気に入られたな。でもさ、あそこの御夫婦の娘って、たしかまだ中学生だぜ。お友達、ねえ…」
「え……中学生の女の子……なんだ…」
「おまえさ、高校生ぐらいに見られたんじゃねえの?孫娘のボーイフレンドにちょうどいい、とかさ」
雅紀はご機嫌な様子から一変して、ぷすんとふくれっ面になり
「高校生って。いくらなんでもそこまで幼くないからっ」
暁は笑いながら煙を吐き出し
「ほら、そういう顔するとますますお子ちゃまだぜ~」
雅紀はちろっと暁を横目で睨みつけ、無言でポケットから煙草を取り出すと、口にくわえた。
「お。吸うのかよ。禁煙すんじゃないんだ?」
暁の冷やかしを無視して、ダッシュボードからマッチを取り出すと、一発で火をつけて煙を吸い込んだ。
暁がまた何か言いたげな顔をすると、ツンっと窓の方を向いて、少し開けて煙を吐き出す。暁は首をすくめて
「でもさ、いくつに見られたって気に入られたんならいいじゃん。おまえが花の説明を夢中で聞いてるの、ばあさんすごく嬉しそうだったぜ。俺が訪問する度に、そんな気を遣われるほど年寄りじゃないって憎まれ口言ってたけどさ、子供さんやお孫さんと離れて暮らして、本当は寂しいんだよな。おまえは嫌がりもしないで真面目に一生懸命聞いてあげてただろ。あんな楽しそうにしてるの、俺見たことないもんな。おまえ連れてってほんと良かったよ」
雅紀はくるっと暁の方を向き
「ほんとに?俺、役に立ちました?おばあさん、そんなに嬉しそうだった?」
暁が微笑みながらうなづくと、雅紀はまたほわんと幸せそうな顔になり
「そっか……。良かった。このおはぎね、きっと凄く美味しいですよ。いっぱい貰ったから、事務所の皆も一緒に食べましょう」
「そうだな」
もう一件、今度はスーツに着替えて、客と打ち合わせの予定があるという暁と、一旦車で事務所に戻り、暁だけ着替えてまた出掛けて行った。
雅紀は、出先から戻ってきていた他の社員2人にも紹介され、田澤社長に改めて仙台行きの費用を出して貰ったお礼を言い、お土産に貰ったおはぎを皆で食べながら、暁の帰りを待つことにした。
「で。どうだった?早瀬の仕事について行ってみて」
古島の質問に雅紀は少し考えてから
「そうですね……。浮気調査の方は、対象者の2人を見てて……辛くなりました。なんていうか……本当の夫婦みたいだったんですよね。一緒にいるのがごく自然な感じで。浮気って言葉からイメージするようなちゃらちゃらした雰囲気じゃなくて。出会うタイミングが違ってたら、普通に2人で家庭持ってても違和感ない感じで」
「なるほど。そうだね。そういう不倫カップルもいるよね」
「でも、あの2人が付き合うことで、辛い思いをする家族がいて。依頼した奥さんの気持ち考えると、もちろん哀しい。暁さんの調査報告で、あの2人の関係は終わりになりますよね。でもすんなり元に戻れる訳じゃない。むしろ皆、幸せになれないかもしれない。そういう結果が見えてる仕事って、調べる方も辛いんじゃないかなって」
慎重に言葉を選びながら、一生懸命考えて話す雅紀の言葉を、古島は静かに頷きながら聞いていたが、
「早瀬がね、ここで働き始めて1年ぐらいした時に言ってたんだけどね。この仕事やってると、恋愛とか結婚なんて怖くてできなくなるな~って」
古島の言葉に雅紀が悲しそうな顔をした。
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