154 / 356

心月4

「人の気持ちなんて変わるのが当たり前で、一生ひとりの人を愛し続けて添い遂げるなんて、夢物語みたいに思えてくるって」 「暁さんが……そんなこと」 しょんぼりしてしまった雅紀に、古島は周りを見回して 「多分、他の社員もみんな1度はそういうこと考えてるんじゃないか?」 桜さんがパソコンを操作する手を止めて 「そうね。恋愛不信になっちゃうかも。この仕事。まあ、私なんかは実生活でそれ体験しまくってるけどぉ」 そう言ってカラカラと笑った。仲西も伸びあがって頷くと 「そうですね~。俺なんか鼻っから恋愛にも結婚にも夢なんか抱いてないからいいですけど。まともな神経のヤツなら、恋愛不信どころか、人間不信っすよ」 元気いっぱい明るくひねた事を言う仲西に、古島は苦笑して 「最近は完全に割り切って仕事してるけど、早瀬が女といい加減にしか付き合わないのは、この仕事のせいもあるかなって、僕はちょっと心配してたんだよね。でも、あいつ、ちゃんと恋愛出来たよね。君のおかげで」 「え……。俺の…」 「そう。僕の簡単な質問に、君は一生懸命考えて答えてくれたよね。対象者も依頼人も調査する人間も、それぞれに辛いって。そういうこと、ただ上っ面の感想じゃなくて、ちゃんと深く考えて、辛いだろうなって感じてくれる君だからこそ、早瀬はきっと君が好きになったんだなって納得したよ」 古島の言葉に、雅紀の頬がじわじわと赤くなった。 「えっと……いやあの……。そんな……俺なんか…」 古島はふいっと立ち上がり、雅紀のすぐ目の前の椅子に座って顔を覗きこみ 「しかもこの可愛さだもんなあ。ちなみに僕ね、今フリーだから。もし早瀬と喧嘩したら、いつでも僕のところに来てくれて構わないからね」 「うわっ。古島先輩、ドサクサで雅紀さん口説いてるしー」 「こらぁっ。古島くん。早瀬くんと別れたらね、次は私が先約なんだから~」 「ちょっと待て!誰が誰と別れるって?人が真面目に仕事してる間に、みんな何やってるんです?」 いつの間にかドアを開けて入ってきていた暁が、鬼の形相で仁王立ちしていた。雅紀はいそいそと立ち上がり 「暁さんっ。お帰りなさいっ」 取り囲む3人の間をくぐり抜けて、暁の側まで飛んで行った。暁は雅紀に笑いかけ、髪をくしゃっとして 「ただいま。雅紀。待たせて悪かったな」 「いえ。思ったより全然早かったですよ」 「そりゃあ、可愛い恋人待たせてんだからさ、フルスピードで仕事片して、飛んで帰って来たにきまってるだろ」 にやける暁に3人は白けた顔になり 「なんか……むかつくなあ。リア充って」 「何あのしまりのない顔。ああいうの残念イケメンっていうんでしょ」 「いいっすよね。可愛い雅紀さん独り占めですもんね」 暁は歯をむき出しにして笑いながら、どや顔をしてみせ 「妬くなよ。雅紀は俺だけのもんなの。なあ?雅紀~」 調子に乗って唇を突き出してきた暁に、雅紀は真っ赤な顔で両手を突き出し、暁の顔をバチンっと手のひらで押さえた。 「もうっ。事務所でそういうことしない!言わない!暁さんの馬鹿~~っっ」 有給休暇前の仕事の引き継ぎを終えて、暁は雅紀を連れて事務所を後にした。最初は引っ込み思案を盛大に発揮していた雅紀も、すっかり事務所の連中と打ち解けて、帰り際は離れ難い様子だった。 「疲れたろ。つき合わせてごめんな」 「ううん。暁さんの仕事見れて良かった。俺、狭い世界しか見ないように、自分でしちゃってたとこあるから、すごくいい経験になったし」 「そっか。つーかおまえ生真面目ちゃんだよなあ。ま。そういうとこも可愛いけどな」 アパートの鍵を開け、暁は雅紀の頭をわしわししながら、電気をつけて部屋の襖を開けた。 「おまえちょっとソファーで横になってな。なんか簡単なもの作るからさ」 「や。俺も手伝いますっ。暁さん仕事で疲れてるし」 「いいのいいの。今日は昼過ぎ出勤で、んな疲れてねえよ」 「でも……」 「寝るの嫌ならさ、洗濯物外してたたんでおいてくれるか?後で明日の旅行の準備するからさ」 「あ。はい。了解ですっ」 いそいそと窓際にすっ飛んで行った雅紀を見ながら、暁は部屋着に着替えてキッチンに向かった。 冷蔵庫をのぞいてみる。夕べのうちに解凍して今朝にんにく、生姜、醤油、酒で作った漬け汁に漬けておいた豚肉。野菜類は残しておいても旅行中にダメになるから、残り全部使って野菜炒めと野菜スープがいいだろう。 メニューを決めて、野菜を切りながら、暁は部屋の雅紀に話しかけた。 「なあ?雅紀。今更言うのもなんだけどさ、俺、勝手におまえの仙台行き、決めちまった気がするけど……大丈夫か?」 「あー。会社の方には連絡したから大丈夫。今週いっぱいは休んで、あとどうするかは…」 「や。そうじゃなくてさ。おまえの……気持ち的に?」

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!