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特別番外編「君が消える日」13
「……いや。あいつはそのことに怯えているが、俺は正直、そうは考えていない」
雅紀の目に滲んだ涙を、秋音はそっと指先で拭い、にっこりと微笑んだ。
「え……? 消えない? 暁さん、消えちゃわない?」
「もちろん、絶対に消えないって言いきれる自信はないよ。そんな保証はどこにもない。でもな、雅紀。俺は何となく確信しているんだよ」
「……確信?」
「暁は、事故で生まれたアクシデントだって、自分のことをまるで突然変異みたいに思ってるけどな。俺にしてみたら、暁は俺なんだ。俺の心そのものだ」
穏やかな秋音の目を、雅紀は食い入るように見つめている。
「例えば、もし俺が、暁の存在を疎ましく思っていて、もうひとつ人格があるなんて嫌だ、治したい。そう、思っているとする」
雅紀は眉を顰めて、首を横に振った。秋音はそんな雅紀の反応に、くすっと笑ってみせて
「例えば、だよ。俺はもちろんそんなこと思ってないさ。もしそうだとして、医者にかかって治療を受ける。それで暁は消えると思うか?」
雅紀は悩み顔で首を顰めた。
「俺なりにこの人格の問題は、いろいろ調べてみたんだ。治療と言っても、画期的な決定的なものがあるわけじゃない。それに催眠療法なんかで効果が出るのは、本人が今の状態を望んでいない、変えたいって思っている場合じゃないかな?」
「うん……そう……かも」
「俺は絶対に望まないよ。暁が消えるのなんか。暁は俺だ。俺の心の大切な芯だ。それに……」
秋音は微笑みながら、雅紀にそっとキスをして
「俺と暁の存在を、誰よりも必要としてくれる人がいる。……おまえだよ、雅紀。誰よりも必要として、理解して、愛してくれているおまえがいる。俺たちに何かあったら、自分を犠牲にしてでも、助けてくれようっていつも身構えてる、健気で優しい最高のパートナーだ」
雅紀の目が、また潤み始めた。秋音は、雅紀の目にみるみる浮かんできた涙を、せつなく見つめて
「おまえに哀しい涙を流させたくない。それは、俺と暁の一番大切な誓いだ。だから暁は、消えない。俺が、消させない」
「……秋音……さん……」
「雅紀。おまえは信じていろ。不安になんか思わなくていい。暁がこの先どんな不安に襲われてパニックになっても、おまえはドンと構えて、暁のことを包んでやってくれ。暁と俺を信じて、今まで通り愛してやってくれ。それだけでいい。おまえの存在そのものが、俺たちには一番の支えなんだ」
「……っ」
雅紀はくしゃっと顔を歪めて、秋音の胸に抱きついた。
……なんだこれ? なんだよ? これ
突然意識を失って、気がついたら不思議な空間にいた。
秋音と交替で中に引っ込む時と、同じ感覚のはずだったのに、なんだかいつもと違う。
いつもは、白い温かい靄に包まれて、うとうとと眠っている感じだった。下界の音や気配は感じる。でもそれは、もわもわとして実態がない、まるで夢の中を漂うような、現実離れした感覚だった。
でも、今回は違う。
俺の意識は、暁で間違いない。
でも、白い靄は存在しない。
意識は深く沈んでいるはずなのに、目の前で泣いている雅紀の顔がはっきりと見えた。
声も聞こえる。
……これは……秋音の声だ。
『……だから暁は、消えない。俺が、消させない』
……っ。
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