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第40章 君の知らない君1

「くっそお~。俺の完璧な旅行計画が~」 時刻表を睨みつけ喚く暁に、雅紀はため息をつき 「んもう……何度目ですか、そのセリフ。寝坊しちゃった時点で完璧じゃないから…」 暁は口を尖らせて 「何だよー。その冷めた態度は。おまえがいけないんだぞ。エロ天使降臨して超エロかわぶり発揮しまくるからさー。このツンデレエロ小悪魔めっ」 「ちょっと!暁さん、ここ駅だからっ。人いっぱいっ。そんなデカい声でエロエロ連発しない!」 雅紀は慌てて暁に飛びつき、口を手で塞いだ。まだもごもご言ってる暁を思いっきり睨みつけ、小声で 「だいたい誰が、エロ天使ですか。俺がダメだって言ってんのに、ちょっかいかけてきたの、暁さんだし」 暁は目を細め、雅紀の手を口から引き剥がした。その手をぐいっと引き寄せて、雅紀の顔を覗きこみニヤリとして 「ふうん……。そういうこと言うんだー。もっと、舐めてって言ったの、おまえだよな?」 雅紀はみるみる赤くなり、ぷいっとそっぽを向いて 「言ってない。もうっ。暁さん、手、放して。人が見てるっ」 「いいぜ。誰に見られたってさ。俺たち超ラブラブカップルなんだもんなー」 「や。違うし。これじゃバカップルだから」 雅紀は赤い顔のまま、手を振りほどき、悪い顔をしている暁の口を、べしっと叩いた。 「いってーっ」 「これ以上馬鹿なこと言ったら、その口、縫いつけるからっ」 プリプリしながら旅行鞄を持ち上げ、先にずんずん新幹線の改札へ向かう雅紀を、暁は嬉しそうに眺めながら後に続いた。 当初の予定では、お昼前には仙台に着いて、桜さんお薦めの牛タン屋で昼飯のつもりだったが、今からだと、13:36発のやまびこで、到着は15:37になる。 寝坊して、慌てて準備して、朝食も食べずにアパートを飛び出したから、お腹の虫が盛大に鳴っている。 「なあなあ。腹減らねえ?店で昼飯食う暇とかねえよな?」 新幹線の改札口前で、ようやく追いついて声をかけると、くるっと振り返った雅紀はまだ赤い顔をしていた。恨めしげに暁をちろっと見上げて 「うーん……。出発まであと15分。1本遅らせて適当な店入るより、駅弁買って新幹線の中で食いません?」 「お。駅弁か~。いいねぇ。その方がさ、ザ・旅って感じするよな」 ほくほく顔で、駅弁屋に向かう暁の後ろに、大きな尻尾がふりふりしているように見えて、雅紀は思わずくすっと笑ってため息をついた。 暁のあの何事にもめげない前向きさと、あっけらかんとした明るさは、自分にはない美徳だ。すぐにうじうじ考え込み、1人でぐるぐる悩んでしまう雅紀からしてみたら、本当に羨ましくて仕方ない。 でも、彼だって思いもよらない不運に巻き込まれ、暗闇に放り出され、苦しんだ時期があるのだ。それを乗り越えたからこそ、今の強さと優しさがあるのだろう。 羨ましがってばかりはいられない。生まれつきの性格はそうそう変えることは出来なくても、環境や生き方で後から培われたものは、努力次第で、自分が望みさえすれば、きっと少しは変えられるはずだ。 暁のことが好きだから、ただ守ってもらって甘やかされるだけの庇護者にはなりたくない。一緒に並んで歩き、時には、暁の助けや救いになるような、そんな存在になりたい。 本当は、仙台に行くのは怖い。あれから何年も経つのに、あの時の恐怖や嫌悪、絶望は少しも色褪せず、まるで昨日のことのように甦ってくる。 暁に昔の監禁事件のことを話した時、あまりにもえげつない内容だったので、あれ以上の詳細は言えなかった。 仙台に行けば、思い出したくもない過去の残像が、次々と押し寄せてくるだろう。それに淡々と向き合えるほど、自分は強くない。 それでも、暁と一緒に行くと決めた。自分の中で、いつまでも進行形なままの痛みを、傷を、過去のものにするために。暁と共に前を向いて生きるために。 平日の午後の東北新幹線は、自由席でも並ばずに余裕で座れた。 席を決めるなり、暁はいそいそと弁当の入った袋をのぞきこみ、 「な、な、やっぱさ、おまえが選んだヤツの方が美味そうだったよな?ちぇっ……失敗だったかなぁ」 2つをテーブルの上に並べて、子供みたいに、あっち、いややっぱこっち、と悩み始めた。 「俺はどっちでもいいから。暁さん、決めて」 「え、まじか。んー……こっちかな。いや待て。やっぱ牛肉の方がいっか」 牛肉づくし弁当と特製はらこ飯、どちらにするか視線がさまよっている。 雅紀がひょいっとはらこ飯の方を取り上げると、暁は名残惜しそうにそれを見つめ 「お、んじゃ……、食うか」 未練たっぷりに牛肉弁当の包みを開ける暁に、雅紀はくすくす笑って 「暁さん。半分ずつ、しません?」 途端に、暁の大きな尻尾がわさわさ嬉しそうに揺れた気がする。雅紀はペットボトルのお茶を取り出して暁に渡すと、はらこ飯の包みを開き、両手を合わせてから食べ始めた。 

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