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君の知らない君4

懐かしそうに語る雅紀の表情が、なんだか柔らかくて、ちょっと癪にさわる。暁は拗ねた顔で帆立の貝柱をもぐもぐしながら 「藤堂さん……ね……。あの人、結構イケメンだよな。なんつーの?包容力ありそうな大人の男って感じ?」 「へ?」 暁の言葉に雅紀はきょとんとして 「イケメン……?だったっけ。うーん…そう言われてみればいい顔してたかなぁ……。まあ、俺より15ぐらい上だから、大人ですよね。今いくつだろ。43ぐらい?」 「どんぐらいやってたんだ?そのバイト」 「……1年……?や、もうちょっとかな。もう何年も前のことだから、忘れちゃったし」 「何年も前に1年ぐらいしかいなかったバイトなのにさ、藤堂社長は覚えてんだ?おまえのこと」 地を這うような暁の低い声に、雅紀はようやく暁のご機嫌が斜めなことに気づいた。びっくりしたように目を丸くして 「え……ちょっと待って。どうして暁さん怒ってるの?俺、何か変なこと、言った?」 暁は口を尖らしたままで、雅紀の手を掴んで引き寄せ 「怒ってねえし。妬いてるだけだし」 「……は?妬いてるって……誰に?」 雅紀のほっそりした長い指を、ぎゅっぎゅと握りながら、暁はぷんっとそっぽを向いて 「藤堂社長」 「え?なんで?」 「だってさ。おまえ、あいつがおまえのこと覚えてるって言ったら、めちゃくちゃ幸せそうな顔したじゃん」 「………」 雅紀はぽかーんとした顔で、暁の横顔をまじまじ見つめていたが、やがてぷっと噴き出して 「俺が藤堂さんのこと?あっ……ありえないっ。暁さんがあの人に妬くなんて」 「なんでだよー。おかしいか?」 「前も言ったでしょ、俺。あの人のデザインに憧れてたんだって。藤堂さん本人になんて、まったく興味ないし」 「だって、幸せそうだった」 雅紀はくすくす笑いながら、暁の手を撫でて 「そりゃあ幸せでしたよ。あの事務所には秋音さんがいたし。俺、秋音さんの専属アシスタントだったから。仕事してる間は俺、貴方のこと独り占め出来た。すごーく……幸せだったな…」 なんだか泣きそうなくらい、しみじみしている雅紀の声音に、暁は複雑な表情を浮かべた。 ……んじゃ、やっぱり俺は妬くしかねえじゃん。藤堂社長じゃなくて、俺の知らない俺自身にさ。 「そっか。……そんなに俺のこと、好きだったんだ」 「うん……。大好き。ほんと、懐かしいな。あそこだけは幸せな記憶しかない、俺の唯一の聖地かも」 そう言って寄り添い微笑む雅紀に、暁は内心ため息をつき ……しゃあねえよな。自分に嫉妬したって虚しいだけだし。だいたい、何でも話せなんて格好いいこと言っといて、バイト先の社長にまで妬くとか……。そんなんであいつの元彼の話なんか、冷静に聞けんのか?俺。もうちょっと大人になれよ。雅紀のこと余裕で包み込んでやれるくらいにさ。 少しずつ見えてきた雅紀の過去には、まだまだ何かありそうだ。元彼とのことももちろんだが、大学の学費は親に借り、生活費は自分で稼いでいたという雅紀の言葉から、親ともあまり上手くいっていないような印象を受ける。 雅紀に親のことを聞こうと口を開きかけ、暁は躊躇して結局やめた。急がなくていい。話したくなれば本人が話してくれるだろう。 親といえば、桐島大胡のこと。自分も雅紀のことは言えない。都倉秋音が桐島秋音であることを、雅紀にいつ告げるべきか。 偶然とはいえ皮肉なものだ。雅紀は知らずに、桐島家の兄弟2人と別々に関わりを持っていたのだから。桐島貴弘が自分の兄だと知ったら…雅紀はショックを受けるだろうか…。それともそれは自分の取り越し苦労で、こだわってるのは自分の方だけなんだろうか。 雅紀はたまに思いもよらない思考回路で、自分からしてみたら何でもないことで、悩んでぐるぐるする。今はまだ、貴弘の名前を出さない方がいいかもしれない。大胡との話し合いの機会までに、タイミングを見て打ち明けよう。 握っている雅紀の手がきゅっきゅと動く。どうしたかと雅紀の顔を見ると、ちょっと不安そうな表情で首を傾げている。 「暁さん……まだ拗ねてる?」 暁はははっと明るく笑い飛ばし 「拗ねてねえよ。おまえが俺のこと好き過ぎるからさ、可愛いよなぁ~って思ってたとこ。なぁ?ちゅうしよっか?」 「すっ……するわけないしっ」 「大丈夫だよ。まわり、誰も座ってねえし、椅子高いから見えねえし。な?こっそり、しようぜ」 雅紀はみるみる真っ赤になり、首をぶんぶん振ると 「そういう問題じゃないからっ。暁さん、酔ってるっ。んもぉ~馬鹿なこと言わないっ」 雅紀は暁の手を振りほどくと、空の弁当箱が入った袋を掴んで、暁の方に突きだし 「はいっ。ゴミ捨てしてきてっ。ついでに煙草でも吸ってくるっ。その酔い醒めるまで、席に戻るの禁止」 「ちぇっ、ケチ。ビール1缶で酔ったりしねえよ。何その顔。わかったよ。んじゃ、ゴミ捨てて、煙草吸ってくるわ」

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