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第41章 ひと恋染めし春のつき1

「どうだ~?久しぶりの仙台。街の様子とか、やっぱだいぶ変わってるか?」 電車を降りてからずっと、雅紀は緊張に顔をこわばらせている。俯きがちに暁の後ろを、黙ってくっついて歩いている彼に声をかけると、ちょっとびっくりしたように顔をあげ 「えっ……あ、あー……えっと」 あたりをきょろきょろ見回して、 「や、この辺は変わってないかな……あ、でもちょっと変わってるかも…」 「どっちだよ」 暁が思わず笑いながら突っ込むと、雅紀は引きつった顔でつられて笑って 「なんだろ。俺、今すごい緊張してて…」 「だな。顔見りゃ分かるよ。さてと。どうすっかな~?」 「へ?どうするって……○○温泉のホテルに行くんじゃないの?」 暁は眉を寄せて雅紀をじっと見つめて 「んー。ホテルは行くぜ。でもまだ16時前だろ?まあ早めに行って、向こうでまったりしてもいいんだけどさ。このまますぐまた電車乗って30分、更にバスに乗って20分だと」 「え。電車とバス乗り継ぐんだ…」 「行ったことねえの?○○温泉」 雅紀は顔をしかめて首をぶんぶん振り 「俺、貧乏学生だったし。温泉行く余裕なんか全然なし」 「ま。そりゃそっか。でだ。どうする?一応さ、ホテルは1泊の予定で、ちょっといい部屋とってんだよ。露天風呂付のさ」 「露天風呂つき…」 雅紀にじと……っと睨まれて、暁はそっぽを向き 「えーいいじゃん。東北の温泉宿なんて滅多に泊まることねえし。どうせならちょっとぐらい贅沢してみてもさー」 「や。贅沢とかじゃなくて、暁さんの場合、なんか邪な思惑を感じるんですが…」 「おいこら、邪なってなんだよ。ごく普通の欲望だろ。可愛い恋人と温泉旅行っつったら、部屋でいちゃこらして一緒に温泉入ってさ…」 道の真ん中でまた大きな声ではしゃぐ暁を、雅紀は足で軽く蹴飛ばして、 「やっぱり変なこと考えてる……。でもじゃあ、駅出て来ちゃったら駄目だったんだ。電車、乗るんでしょ?」 暁は何故かふふんと笑い、旅行かばんと一緒に持ってきたカメラバッグを持ち上げ 「雅紀、街歩きフォトつきあえよ。ほら、おまえもカメラ出せ。レンズはこないだの単焦点な」 「は?……え…」 きょとんとしている雅紀に、暁は早速カメラを取り出し、レンズを装着して首からぶらさげ 「なんか気になる看板でも建物でも、何でもいいから撮ってみな。ルールとしては、店の中の撮影と特定の人にレンズ向けるのはNGな。あ、ちなみに俺を撮るのはいいぜ。俺もおまえ撮るからさ」 雅紀はおたおたしながら、言われた通りにカメラにレンズをつけ、 「え、俺、何撮っていいんだかわかんないけど……。あ、待って暁さんっ」 すでに何か気になるものを見つけたのか、路地の端にずんずん歩いて行く暁を、慌てて追いかけた。 飲食店の裏路地の小さな空き地に、たむろっている野良猫たちに、暁はしゃがみこんでレンズを向けている。猫たちは人馴れしているのか、特に警戒する様子もなく、思い思いの場所で日向ぼっこの真っ最中だ。 最初は戸惑っていた雅紀も、デカい暁が体を丸めて小さな猫を撮っている姿がなんだかおかしくて、思わず微笑みカメラを向けていた。 「おまえ~なんつう面白い顔してんだよ~」 吹き出しそうな声で猫に話しかけている暁に、雅紀もそっと近づいてみる。飲料ラックの上に寝そべり胡散臭そうな顔でこちらを見ているのは、まだ小さな仔猫だ。暁はちょいちょいっと指で雅紀を呼んで 「見てみ。あいつの顔」 真っ白な体に所々が黒ぶち。顔のほとんどが真っ黒で口の所だけ白い。まるで黒い仮面をかぶっているみたいだ。 「うわ……。すごい模様になっちゃってる…」 雅紀も思わず吹き出した。 「あのチビと対になってるぜ。あっちは体と顔の下半分が黒いんだ」 どちらも目がくりっとして綺麗な品のある顔をしているのに、模様の出方が面白すぎる。 「まだほんとちっちゃいなぁ……。お腹すいてるのかな。あっちの仔はよろよろしてる」 母猫らしき猫はいない。きっとはぐれてしまったんだろう。ラックの上の黒仮面の仔が「みぅ~」とか細く鳴く。脅かさないようにそっとにじり寄り頭を撫でてやると、気持ち良さげに目を細め、お礼とでもいうように雅紀の手をぺろぺろと舐めた。 暁は少し離れて、雅紀と仔猫の微笑ましい交流をカメラにおさめた。雅紀はすっかり緊張もほどけて、穏やかな優しい笑みを仔猫に向けていた。 カメラ片手に暁と並んで、街をぶらぶら歩く。道行く人々が、特に女の子が、暁の方をちらちらと見ているのに気づいて、そっと暁を見上げてみた。日本人離れした体格に男らしく整ったこの顔立ちだ。すれ違う人が振り返ったり、注目を浴びていたりする。 ……暁さん……格好いいもんな……。この人が……俺の彼氏……。こっ……恋人だなんて……まだ夢見てるような気がする……。いいのかな……俺なんかが恋人で……。

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