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ひと恋染めし春のつき2
雅紀はすっかりリラックスした様子で、あっちへふらふら、こっちへふらふら。油断していると勝手にどんどん先に行って、気になる被写体に夢中でカメラを向けている。
……あいつ、ほんとにカメラ好きだよな。カタクリ見に行った時だって、カメラ持たせたら、途端にイキイキしてさ。子供みたいな顔してたもんな。
道行く人が、そんな雅紀をちらちらと見ているのに気づく。道の反対側の女子高生の集団の1人が、雅紀を見て他の子達に何か告げた。全員が一斉に雅紀に視線を向け、きゃっきゃと嬉しそうに声をあげてはしゃいでいる。そっと雅紀の様子を伺うと、自分が女の子たちの注目の的になっているのに、全く気づいていないらしい。撮った写真を液晶で確認しては、唇を尖らせたり嬉しそうに微笑んだり、一人で百面相をしている。
暁は思わず微笑むと、自分の世界に浸りきっている自然体の雅紀に、そっとレンズを向けた。
暁よりは低いとはいえ、雅紀も長身で細身の、バランスのよい体型だ。頭は小さく手足は長く、整った顔立ちで、いわゆるイケメンというやつだろう。女の子たちが彼を見て、はしゃぐのも無理はない。まあ、雅紀本人は女には興味がなく、しかも鏡で自分を見たことないんかいっと突っ込みたくなるくらい、自分を過小評価しているが。
……あれでストレートでもうちょい自信家なら、女が放っておかねえだろ。でもさ、残念だったな~君たち。そいつは、俺の可愛い恋人だから。
暁はなんとなくどや顔で、雅紀に近づいて行き、拒否られるのを覚悟で、雅紀の手を掴んでみた。雅紀は案の定、びっくりした顔で暁を振り返り、慌てて手を引っ込める。
……ちぇっ。残念…。
暁にしてみたら、自慢の綺麗な恋人を、彼女たちに見せびらかしたくて仕方ないのだが、街中で手を繋ぐなんて、雅紀のキャパを果てしなくオーバーしているらしい。
「どうだ?いいの撮れたか?」
暁が液晶をのぞきこむと、雅紀は焦ったようにカメラを隠し
「あっ暁さんは撮れた?」
「おっ。なんで隠すんだよ。見せろって~」
「やっ。ダメです。ホテルに行ってからっ」
「ちぇっ。変なやつ~。さてと。んじゃそろそろ駅に引き返すか。今から行ったらちょうどいい時間だろ」
暁はカメラをバッグにしまい、スマホで電車の時間を確認している。
「ね、暁さん。○○温泉の何てホテル?」
「ん?あーたしか翠月亭だ」
「じゃあ多分、駅から無料送迎バスがあるはず。俺、スマホで調べてみたから」
「おっマジか?ちょっと待て。サイトで見てみる」
暁がホテルのサイトを見てみると、たしかにある。
「あ~…でも予約制だぜ。今からじゃ無理だろ」
「俺、電話でホテルに聞いてみます」
雅紀は自分のスマホを開くと、早速ホテルに電話し始めた。
暁はさりげなく、さっきの女子高生の集団の方に視線を向けてみた。女の子たちはまだこっちを見ている。暁がお得意の営業スマイルを向けてみると、途端にきゃいきゃいと騒ぐ声が聞こえてきた。
雅紀は電話をしながら、驚いたように声のした方を見て、彼女たちの視線を辿り、暁に不信の眼差しを向けた。
「はい。2名で予約してる、早瀬です。……あ~はい、青葉通りの○○銀行の前ですね。……え、17:20?はい、すいません。すぐに向かいますっ」
雅紀は暁を睨み付けながら電話を切って
「暁さんっ送迎バス、あと5分で出発しちゃうって。そこの道、大通りに出て左っ」
慌てて荷物を抱え直す暁に、雅紀は不機嫌な表情のままそう叫ぶと、自分の鞄を抱えて走り出した。暁も急いで後を追う。
少し遅れた2人を、送迎用のマイクロバスは待っていてくれていた。ホテルから運転手に連絡が入ったのだろう。2人は運転手と他の客に遅刻を詫びて、バスに乗り込んだ。
一番後ろの席に並んで座る。全速力で走ってきたから、2人ともバスが出発してもしばらくは、肩で息をしていた。ようやく呼吸も整ってきて、暁が雅紀の手を握ろうとすると、雅紀は暁の手を避けて、窓の側へと逃げていく。そばににじりより、のぞきこんだ彼の頬がぷくっとふくれている。
「なんで逃げんだよ」
小声でたずねると、雅紀はちろっと冷たい視線を向けてきた。
「ナンパしてた…。しかも女子高生」
「ちげえよっ。あの娘たちが見てたのは、お・ま・え」
「嘘だ。みんな暁さん見て、きゃあきゃあ言ってたし。……やっぱモテるんだ。暁さん…」
暁はため息をついて、雅紀の手をきゅっと握ると
「ばっか。ほんと違うって。彼女たちがおまえ見て騒いでっからさ、こいつは俺のもんだって牽制しといただけ。ま、可愛い焼きもち妬いてくれんのは嬉しいけどな」
雅紀の耳元に口を寄せ、低い声で囁くと、雅紀はふるっと首をすくめ、目元を赤く染めて暁をちろっと睨んだ。椅子の背もたれに隠して握った彼の手が、ぎゅっと握り返してくる。何も言わずに窓の方を向いた雅紀の耳が赤くなっていた。
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