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ひと恋染めし春のつき3
ホテルの客室係に案内されて部屋に入ると、雅紀は室内を見るなり目を丸くした。
「うわっ……。すごい…」
「お。いいじゃん」
暁も荷物を置きながら、満足そうな顔で部屋を見回す。
「お夕食は19時にお部屋にお持ちします。お部屋を出られます際は、あちらの金庫に貴重品類をお入れください。1階の大浴場は男湯と女湯に分かれておりますので、夜間2時~4時の時間以外はご利用いただけます。その他御用の際には、あちらの電話でフロントのボタンを押してください。それではごゆっくりお寛ぎくださいませ」
客室係が説明を終えて部屋を出て行くと、暁はまるで待てをさせられていた犬のように、早速雅紀の手を掴んで抱き寄せた。
「あっ……。暁さんっだめ……っ」
雅紀はかわしきれずに抱き締められて、じたばたもがく。
「なんでだよ~。もう2人きりじゃん。キスぐらいさ・せ・て。……な?」
甘く囁かれて、雅紀は暁を上目遣いに睨み付け
「俺、まだ怒ってるし。それに部屋全部まだ見てな……んっう…っ」
強引に唇を奪われた。雅紀はぎゅっと暁のシャツを掴みしめ、目を閉じた。唇が割られ舌を差し入れられる。
「ぅんっふ……ぅ……っん……ん、ん」
絡みつく舌が熱くて甘い。頭の後ろを暁の大きな手が鷲掴みして、更に強く引き寄せられた。舌を根こそぎ持ってかれるような激しいキスに、腰に甘い痺れが走り抜ける。息が苦しい。頭の中が蕩けそう。
「んっんっふ…っんっ」
雅紀は暁の厚い胸板を、抗議するようにトントン叩いた。暁は少しだけ手の力をゆるめ、でもそのままキスはやめない。口の端から飲み込みきれない唾液が伝った。雅紀はふぅふぅ言いながら暁にしがみついた。どうやら足の力が抜けたらしい。
暁が唇を放すと、潤んだ瞳が切なげに揺れている。
「どした?そんな顔して。……キスだけで感じた?」
暁の意地悪な質問に、きゅっと目を閉じた雅紀の耳に唇を寄せる。耳朶をぺろっと舐め、軽く甘噛みすると、ぅくぅっと鳴いて首をすくめた。
「ここ、弱いよ、な……おまえ」
「あっん……も…っやっ」
雅紀はふるふるしながら、やっとの思いで暁の腕から逃れると、赤い顔で暁の腕をばしばし叩いて
「もうっ暁さんのばかっ。半径1m以内に近づくの禁止!」
「おまえは小学生かよっ。あーわかったわかった。んな暴れんなって。ほら、こっち来てみ」
「やだ」
暁に手招きされて、雅紀は警戒心いっぱいの顔で後ずさる。
「部屋ん中全部見たいんだろ?こっちがさ、庭になってて、あの引き戸の先に露天風呂があるんだぜ」
露天風呂の一言に雅紀の表情が変わる。相変わらず警戒しながらも好奇心には抗えないらしく、ちらちらとドアの方に視線をむけている。
……こういうとこが、むっちゃ仔猫だろ、こいつ。
思わず笑ってしまいそうになる顔を引き締めて、暁はゆっくりドアを開け放ち、振り返って手招きした。
「おいで。すげーいい感じだから」
雅紀はおそるおそる近づいてくると、ドアの外を見て
「わっ……ほんとだ。庭になってる。すごい……綺麗……」
株立の雑木が絶妙な配置で植えられたそこは、ちょっとした憩いスペースになっていて、木のベンチが置かれ、レンガ色の砂利が綺麗に敷き詰められていた。裸足でも歩けるように飛石の小道まである。
雅紀は飛石の上にそっと足を踏み出した。つるつるの石の感触が気持ちいい。
「温泉宿って和のイメージだったけど、ここってちょっと変わってる。部屋の中も和洋折衷な感じだし」
「うん。不思議な雰囲気だろ?和と洋のいいとこ取りだよな。桜さんに女性に人気の宿で調べてもらったんだ。何軒かピックアップしてもらって、その中から俺が選んだんだぜ」
ご機嫌の戻った雅紀に、暁は寄り添って小道を歩き、たどり着いた木のベンチに一緒に腰をおろした。
「そっか……。桜さんにお土産持ってお礼に行かないと。あ、もちろん社長さんや他の皆さんにも」
「だな。……なあ、雅紀。俺はさ、この旅行、おまえとの新婚旅行のつもりだから」
「……っ……え……?」
驚きに目を見開き、傍らの暁を見あげる雅紀に、暁はにこっと笑いかけて、細い肩を抱き寄せた。
「仙台からとんぼ返りでおまえ探しに戻った時さ、次に仙台に来る時は、絶対おまえと一緒だって決めてた。ちゃんと実現させたろ?」
「あ……きら……さ…」
呆然としている雅紀に、暁は苦く笑ってみせて
「ま、おまえにはちょ~っと重たいかもしんねーよな、俺の気持ち。でも、俺はそんぐらいおまえが好きだよ」
「暁さん……。俺は…」
俯いて泣きそうな顔をしている雅紀の肩を優しく撫でて
「そんな顔すんなって~。ほら、露天風呂、見に行ってみようぜ」
ぽふぽふと頭を叩いて立ち上がった暁に、雅紀は両手を伸ばして抱きついた。
……暁さん。重たくなんか、ないから。俺、すっごく嬉しいから、貴方の気持ち。この旅が終わったら、俺……。
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