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第43章 傷痕1
「旅行中……。早瀬暁が、ですか?」
「ああ。篠宮雅紀くんと一緒に、今仙台に行っているそうだ」
大胡の言葉に、貴弘は食事の手を止め、眉をひそめた。
「雅紀と……一緒に」
「DNA鑑定には難色を示しているようだな。まぁそれは私からもう一度説得するつもりだが。貴弘、謝罪の話し合いは、彼らが仙台から帰ってからになるだろう。そのつもりでいなさい」
貴弘は、一緒に食卓を囲みながら、どこかぼんやりとしている母親をちらっと見て、
「父さん。あの男が…早瀬暁が、秋音だと確定したら、どうなさるおつもりですか?」
大胡は食事の手を止めて、貴弘をじっと見つめると
「どう、とは?」
「息子として、この家や父さんの会社に迎え入れるのですか?」
畳み掛ける貴弘に、大胡は苦笑して
「そのことなら前から言ってあるはずだ。迎え入れるつもりなら、あれが子供の時にそうしていると」
「ならば何故、あの田澤とかいう男を使って、秋音の行方を探していたのです。しかも田澤の事務所にいた早瀬暁が秋音だったなんて、そんな出来すぎた話…」
「秋音が田澤の事務所にいたのは、まったくの偶然だそうだ。田澤自身ひどく驚いていたからな。お前が気にするのも無理はないがな、父の遺言がなければ、私も今さらあれに干渉するつもりはなかったのだ。あれの母親は、あれを桐島家に関わらせるのを嫌がっていたしな」
それまでぼんやりとしていた貴弘の母麗華が、ぎっと大胡を睨みつけ
「当然ですわ。たかが愛人とその息子が何を偉そうにっ」
大胡は顔をしかめ、麗華になだめるように手をふると
「ああ、その通りだ。だからいまさらその話は蒸し返すな。貴弘、お前が気にすべきなのは、篠宮くんへの謝罪だろう。余計な感情をぶつけて、これ以上早瀬くんを怒らせるなよ。総一にも絶対に関わらせるな」
貴弘は怒りをぐっと押し殺した。
「分かっていますよ、父さん。篠宮くんには誠心誠意、謝罪と償いをするつもりです」
「な。な。朝風呂、最高だったろ?」
「うん。夕べは暗くて分からなかったけど、あそこって高台になってたんだ。お風呂からの眺めがめちゃめちゃ綺麗だった」
……その眺めに見とれてるおまえの無防備な姿も、めちゃめちゃ綺麗だったけどな…。
風呂上りの上気した顔で、目をきらきらさせて話している雅紀の表情が可愛くて、ついつい頭をなでなでしたくなる。暁がすり寄ると、雅紀は嫌がりもせずに、うっとりとした顔を暁に向け
「暁さん。ありがとう…」
はにかんで暁の頬にちゅっとしてきた。
「なんでほっぺだよー。ここにちゅうだろー」
暁が調子に乗って唇を突き出すと、ちょっともじもじしてから、おずおずと抱きついてきて、唇にちゅっとしてくる。暁はすかさず雅紀の身体を抱き締め、口づけを深くした。雅紀のじたばたを封じ込め、唇を割って舌を絡めとる。雅紀は鼻からん…ん…っと声をもらし、暁の濃厚なキスに応えた。
長い口づけの後で唇を離すと、雅紀は瞳を潤ませていた。
「なに。感じちゃった?エロい顔になってるぜ」
「んもお……暁さんのばか……。朝食の時間、終わっちゃうから」
「お。いけね」
暁は慌てて時計を見ると、雅紀の身体を離して
「行こうぜ。朝飯。いちゃつくのは食った後な」
「や、もうしないし。あっ暁さん、ちょっと待って」
あたふたと部屋を飛び出す暁の後を、雅紀は慌てて追いかけた。
「どういうこと?何故生きてるの?あなた、あのこは事故で死んだって…」
『そう報告は受けていた。どうやら失敗したようだな』
「そんな……。だめよ。DNA鑑定の話まで出てるのよ。もしそれが…」
『ああ。非常にまずいな。すぐに手を打つ』
「そうしてちょうだい。貴弘には気づかれないように」
『分かった』
「くそっ……。あの男。雅紀を連れて旅行だと?ふざけやがって!」
グラスの残りを煽ると、ボトルを掴んで注ごうとする貴弘の手を、瀧田はやんわり止めて
「ピッチ早すぎ。最近、お酒の量が増えてますね」
「うるさい。酒ぐらい自由に飲ませろ」
貴弘は、瀧田の手を振り払うと、グラスになみなみとバーボンを注ぐ。
瀧田は肩をすくめて
「で。2人が旅行から帰ってくるのはいつ?」
「今週いっぱいの予定だそうだ。帰ったら向こうから連絡がくる」
「ふうん……。仙台は、都倉秋音が以前住んでいた所なんでしょう?実家に連れていって、可愛い恋人を母親に紹介するつもりなのかな?」
「秋音の母親はとっくの昔に死んでいる。配偶者もな。仙台に帰ってもあいつを迎えてくれる家族は皆、墓の下だ」
貴弘の言葉に、瀧田は眉をひそめ
「だったら尚更、おじさまに取り入る気満々なんじゃない?でなきゃ今頃になって名乗り出てくるはずないでしょう」
「そうはさせない。雅紀を取り返したら、桐島家にも雅紀にも、2度と近づけないようにしてやるさ」
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