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傷痕2
朝食を終えると、荷物はまだ部屋に置いたまま、暁はカメラバッグを雅紀にも持たせて、ホテル周辺の散策に出掛けた。
「この辺の桜は、仙台市内よりちょっと開花が遅いらしいぜ。あ、あれだ。街道沿いの桜並木。うーん……まだ五分咲きってとこかな」
暁の指さす方向を見て、雅紀の顔がぱあっと綻ぶ。
「うっわぁ……綺麗。すごい、道沿い全部、桜なんだ…」
「まだ咲き始めだから、蕾も花も傷みがなくて綺麗だな。雅紀、望遠レンズつけてみ」
雅紀はいそいそと300mmの望遠レンズをカメラにセットすると、暁のすることを見よう見まねで、桜の木にレンズを向けた。
「あの辺のさ、重なって咲いてる花の中から、飛びきりの美人さんを探して……こないだのカタクリの時みたいに、手前と奥の花をボケ担当な」
雅紀は暁とファインダーを交互に見ながら、こくこく頷いて、撮影ポイントを探した。
「桜撮る時は陽射しも重要。逆光で透かすとすっげー綺麗だけど、曇り空ぐらいの拡散した陽射しの方が、柔らかい花色が綺麗に出るぜ。ま、怖がらずにいろいろ撮ってみな。どういう陽射しでどんな風に撮れるか、何回もやってるうちに分かってくるから」
暁に促されて、雅紀は恐る恐るシャッターをきる。液晶で確認して微妙な表情になり、またカメラを構えてシャッターをきった。
暁も横に並んでしばらく桜を撮っていたが、夢中になっている雅紀を横目に見て、そっとレンズを単焦点に変え
……さてと。俺は桜より雅紀を撮影な。うーん。いい顔してるぜ~
いきいきした顔で桜を撮っている雅紀を、桜の花と絡めながらシャッターをきった。
雅紀は白いシャツと細身のジーンズの上に、以前暁が買ってやったパーカーを羽織っている。朝の柔らかい陽射しを受けている姿は、暁の目には桜花より輝いて見える。
時折、カメラから顔をあげ、何か言いたげな顔をする雅紀の傍らに行き、一緒に液晶をのぞきこんでアドバイスしたりしながら、カメラ散策をしばらく楽しんだ。
部屋に戻ってもう一度露天風呂に入り、名残惜しそうな雅紀を促してチェックアウトを済ませると、送迎バスは断って路線バスに乗り、鄙びた小さな駅から電車に乗り換えた。
雅紀はカメラを首からさげて放さず、気になるものを見つけては嬉しそうにシャッターをきる。
電車に乗ってようやく雅紀がバッグにしまおうとするカメラを、暁はひょいっと取り上げて
「おまえ撮ったの見せて。俺のも見ていいからさ」
雅紀は焦ったように暁の手の中のカメラを目で追い、差し出された暁のカメラと見比べて、悩んだ顔になった。暁が撮った写真は見たい、でも自分の写真は見られるのが恥ずかしい。そう顔に書いてある。分かり易い雅紀の表情に暁は噴き出して
「いいから見せろって。厳しいダメ出しなんかしねえよ」
「や、だって……俺、下手くそだし…」
「じゃあ俺撮ったのも見せねえぞ~」
雅紀はうんうん悩んだ末に、絶対笑うなと念を押してから暁のカメラの液晶を食い入るように見始めた。
……へえ……結構いい感じに撮れてるじゃん……。自然公園で初めて一緒に撮った時も思ったけど、こいつの目の付け所って新鮮だな。もう少し扱いに慣れたら、かなり面白いのが撮れるかもな……。
暁が感心しながら一枚一枚チェックしている横で、雅紀の顔はどんどん赤くなっていった。
暁が昨日今日と撮りためた写真は、ほとんどが自分の姿だ。猫と戯れている自分。看板を見上げてレンズを向けている自分。カメラの液晶をのぞいて変な顔をしている自分。部屋の中で寛いでいる姿もいつの間にか撮られていた。さっきの桜並木でも、桜を撮っているのはほんの数枚で、桜のボカシの中で自分でも見たことのないような、柔らかく幸せそうな微笑みを浮かべているのは、全部自分の顔だ。
「暁さん……」
文句を言われると思って身構えていたのだろう。暁はすかさず雅紀から身体を離して
「怒るなよ~。おまえのこと撮るって、俺ちゃんと宣言してただろ?」
「でも……俺の写真ばっかりです」
「や。だってさ~。おまえ綺麗だし可愛いし、他のつまんないもん撮るより、おまえ撮りたかったんだよ」
「暁さん、声。んもお……俺、恥ずかしい…」
俯いてしまった雅紀の顔を、暁はおろおろしながらのぞきこみ
「そんなに嫌だったか?めっちゃ怒ってる?……じゃ、じゃあさ、ダメな写真削除するぜ?いや、削除はな~……。や、でもおまえがどうしても嫌ってんなら、涙を飲んで諦めるっ。いやでもなぁ……どれもすっごくいい感じに撮れてんだぜ。捨てるのは勿体ない…」
「しなくて、いいです」
「へ?」
「削除。しなくていいですよ」
「や。でもおまえすげー怒ってるだろ。敬語じゃん」
情けない表情で雅紀の顔色をうかがっている暁に、雅紀はにっこりして
「怒ってない。ちょっとびっくりして……恥ずかしかったけど……暁さんの写真、やっぱり素敵だ。こんな俺がモデルでも、すっごく綺麗に写ってて…」
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