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傷痕3

「おまえ、それやめな。こんな俺でもってヤツ」 暁がちょっと低い声で雅紀の言葉を遮った。雅紀ははっとして口をつぐむ。 「写真ってさ、撮り方によっては実物より綺麗に撮ることはたしかに出来るぜ。でもさ、ある意味ものすごく誤魔化しが効かないもんなんだ。俺がおまえを綺麗だ、可愛いって感じた気持ち。撮りたいって思った姿や表情。そういう俺自身の気持ちは、テクニックや機能じゃ絶対に誤魔化せない」 暁はうなだれてしまった雅紀の肩に手をまわし、頭をわしわしすると 「俺の写真がもし素敵に撮れてるなら、それはおまえを綺麗だって感じた、俺の気持ちそのままに撮れてるってこと。もっと自信持てよ」 雅紀はこくんと頷くと、甘えるように顔を暁の胸にすり寄せた。 「駅前で昼飯って思ってたけどさ、さすがにまだ腹減らねえよな~」 「暁さん、朝食バイキングで鬼のように食べるから」 苦笑する雅紀も人のことは言えない。暁につられてあれもこれもと、ついつい欲張って食べ過ぎてしまってる。 「だってさー。美味かったし、あそこの飯。んじゃ腹ごなしに街中少しぶらついてからさ、藤堂薫の事務所に行ってみるか」 「藤堂さんのとこ、約束って何時?」 「14時に事務所。昼飯はその後にしようぜ」 藤堂の名前を出した途端に、雅紀の表情が硬くなった。 「もしかしておまえ、緊張……してる?」 気遣わしげな暁の顔に、雅紀は無理矢理微笑んで 「うん、ちょっと……。でも大丈夫。藤堂さんのオフィスって定禅寺通りでしたよね。じゃあ店見ながらここから歩いたら、時間ちょうどいいかも」 独り言のように呟いて、先に歩き始めた雅紀の後に暁も続いた。 「やあ。よく来てくれたね」 オフィスの受付に約束の旨を伝えると、ほどなくして藤堂薫自らが姿を現した。 「お忙しいところ、すみません。お言葉に甘えて、早速お邪魔させて頂きましたよ」 気さくな藤堂に、まったく物怖じする様子のない暁。 雅紀は暁の後ろに隠れて2人の顔を見比べ、内心感心していた。 ……すごいな……。暁さん。緊張とか全然しないんだ。 「都倉の後ろに隠れてるのは、篠宮くんだな」 藤堂のよく通る声が頭から降ってきて、雅紀は慌てて暁の後ろから出ると 「おっ……お久しぶりですっ藤堂さん。ご無沙汰してましたっ」 そう言ってぺこりと頭をさげる。藤堂はにこやかな表情で 「相変わらずの初々しさだね。顔をあげて。よく見せてくれ」 雅紀が恐る恐る顔をあげると 「うん。やはり美人さんだ。あれから7年経っているのに、君は変わらないな」 面と向かって美人と褒められ、雅紀の頬がじわじわと赤くなる。そのやりとりを、暁はちょっと面白くない顔で眺めていた。 ……雅紀はあんなこと言ってたけど、こいつやっぱり雅紀のこと気に入ってんだろ。 「さて。立ち話もなんだね。俺の部屋に来てくれ。あ、藤井くん、コーヒーを頼む」 傍らの男性社員にそう言って、先に立って歩き始めた藤堂に、暁は雅紀の肩をさりげなく押しながら後に続いた。 右足と右手が両方同時に出てしまいそうなほど、カチコチに緊張していた雅紀だったが、藤堂に案内された部屋に入り、飾られているデザインアワードなどの受賞作品の模型や写真を見た途端、うわぁっと小さく歓声をあげて歩み寄った。 藤堂は満足そうに微笑んで、暁の方を見て片目を瞑る。そういうキザな仕草がそれほど嫌味に見えないのは、自分の仕事に誇りと自信があるからだろうか。暁は内心の動揺を抑え込み、藤堂に笑顔を返した。 「またすぐに再会出来て嬉しいな。都倉。今回は仕事ではなくプライベートなんだろう?」 勧められてソファーに腰をおろすと、暁はゆっくり頷いて 「雅紀を連れて温泉旅行です。いいホテルでしたよ。部屋付き露天風呂と食事が絶品でした」 「ほう……温泉か。それは羨ましいね。可愛い恋人も喜んでくれただろう?」 藤堂の視線が雅紀の後ろ姿に向く。雅紀を恋人だと言った覚えはないが、どうやら全てお見通しらしい。 暁はにっこり笑むと 「ええ。感動してくれました。彼は反応が素直だから、いろいろ連れて行き甲斐がある」 「そうだろうね。失敗したな。7年前に逃した魚はデカかったということか」 ……やっぱりかよ。こいつ。雅紀に惚れてやがったな……。 「彼は俺の恋人だ。手を出さないでくださいね」 2人の不穏な気配に気づいたのか、雅紀が不安そうな顔でこっちを見つめている。暁がくいくいっと手招きすると、おずおずと近寄ってきて、暁の横にちょこんと座った。 「ね。暁さん……何の話して…」 「君の彼氏に釘を刺されたんだよ。君にちょっかいを出すなってね」 藤堂の言葉に雅紀ははっと息を飲み、隣の暁を睨み付けた。 「暁さんっ。藤堂さんに何言って…」 「おまえのことが好きだって言うからさ、おまえは俺の恋人だから、手を出すなって言っただけだぜ」

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