178 / 377

傷痕6

「ごめんなさい……俺、汚くて…」 「バカなこと、言うな」 「ごめん……なさい……俺……俺……もっと綺麗な身体で、暁さんに、会えたらよかった…」 すがりつく雅紀の細い身体を抱き締めて、暁は唸るように言葉を絞り出した。 「バカ言うなっ、雅紀。俺はずーっと言ってるだろ。おまえは綺麗だって。汚くなんかねえよ。すっげー綺麗だから。汚ねえのは、おまえにそんな酷いことした連中の方だろ。おまえはこれっぽっちも悪くねえぞ」 「言えなくて……ごめんなさい…。ずっと……言わなくちゃって……。でも……こわくて……あきらさ、んに……軽蔑、されるっの、こ、こわかっ…」 雅紀の身体の震えが哀しくて、なんとか止めてやりたくて、暁は雅紀の身体を膝に抱きかかえるようにして、優しく揺らした。 「軽蔑なんかするわけねーし。おまえが汚いなら、俺なんかもっと汚れまくってんじゃん。俺、荒れてた時なんか酷かったぜ~。女とっかえひっかえでさ、今考えるとマジで最低な男だった。おまえはそういう俺を、汚いって軽蔑するか?嫌いになる?」 雅紀は慌てて首をふり、鼻をすんすんすすった。 「お互いさ、それなりの年で、それなりに訳ありの過去を背負っちまってんだ。いろいろあって当然だろ。しかもおまえの過去は、お前自身が選んだわけでも望んだわけでもない。おまえは犯罪の被害者なんだよ。自分を責める要素なんかひとつもない」 すかさず弱々しく首を横にふる雅紀の背中を、とんとんしながら 「……まあな。言葉なんて、案外無力でさ。おまえが自分を責めながら必死で生きてきた時間を、俺のたった数秒の言葉が、魔法みたいに打ち消すことなんか無理だよな。そんな簡単に割り切ることなんか、出来ないよな。だからこれから先もおまえ、苦しいかもしれねえ。けどさ、その苦しい辛い気持ち、俺にも分けてくれよ。一緒に背負って悩みながらさ、前向いて生きて行こうぜ」 「……っあきらっ……さ…っ」 しゃくりあげる雅紀を、もう一度ぎゅーっと抱き締める。 「辛いこと、言わせちまって、ごめんな。でも、勇気出して言ってくれて、ありがとな。おまえを大好きな気持ちも、大切に思う気持ちも、俺は少しも変わんねえよ」 雅紀はのろのろと顔をあげ、大きな瞳で暁を見あげた。 「すき……あきらさん…」 「ああ。俺もだよ」 「すっ……好きっだいすきっ」 「俺もおまえが大好きだ」 雅紀は顔をゆがめ、ぽろぽろと涙を零した。 「好き、で、いて……いい?ず……ずっと……好きでいて、いい?」 「もちろん。っつか、ずっと好きでいてくれなきゃ困る。あ~もう、おまえ泣き虫っ。目がウサギだっつーの」 暁は後から後から零れ落ちる涙を、指でぐいぐい拭ってやって 「俺が泣かせてるみたいじゃん。や。泣かせちまったの、俺か。あ~もうっ。しゃあねえよな。よしっ気が済むまで泣け」 雅紀の顔を自分の胸に押し付けて、頭をわしわし撫でる。 ……泣いて泣いてとことん泣いて、嫌なことなんか全部、涙と一緒に流しちまえればいいのにな。 泣き疲れてちょっとクッタリしてきた雅紀に、暁はそっと囁いた。 「そろそろちょっと人が増えてきたぜ。どうする?俺はこのままず~っと、抱っこしててやってもいいんだけどな」 暁の言葉に雅紀は顔をあげ、きょろきょろ周りを見回すと、ここが公園だということを思い出したのか赤くなり、おずおずと暁の膝の上から降りた。暁のシャツの胸元は、雅紀の涙で濡れている。 「ごめんなさい……シャツ……汚しちゃった…」 「気にすんな。こんなのすぐ乾くよ。さてと。どうすっか。約束の時間まではまだあるしさ、牛タン、食いに行くか?」 雅紀はちらっと暁の顔を見て目を伏せ 「俺、酷い顔してるでしょ。ちょっとトイレ。顔洗ってきたい」 「トイレか~。ん~……お。地下鉄のトイレがあるな。入り口あそこだ。んじゃ、行くぜ」 立ち上がった暁の後ろに引っ付くようにして、雅紀は俯いて後に続いた。 暁は入り口で待つというので、雅紀ひとりでトイレに入り、洗面台に向かった。 鏡を見た瞬間、泣きたくなる。ほんとに酷い顔だ。目と鼻が泣きすぎて真っ赤になっている。 雅紀はポケットからハンカチを出すと、蛇口に手をかざし、出てきた水をすくって顔を洗った。火照ってしまった目元や頬に、冷たい水が気持ちいい。 ……とうとう……言ってしまった……暁さんに……俺の酷い過去…。 濡れた顔をハンカチで拭いて、鏡に映る自分を見つめる。 暁が自分のことを、綺麗だ、可愛い、好きだ、と言ってくれる度に、嬉しいのに苦しかった。汚れている自分を、慈しんでくれる度に、幸せだけど心苦しかった。 これで、もう本当に何の隠し事もない。 罪悪感は残る。暁はああ言ってくれても、やっぱり自分は汚れていると思ってしまう。 それでも、暁の包みこむような大きな愛情が嬉しい。一緒に背負って悩みながら生きていこうと言ってくれた、暁の心のおおらかさが愛おしい。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!