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傷痕8

桜が背景になる場所に2人に立つよう促すと、慣れた仕草でカメラを操作し、何枚か撮ってくれた。 「ありがとうございましたっ」 暁がペコっと頭を下げてカメラを受けとると、男性は微笑んで 「いや~。モデルがいいから撮るのが楽しかったですよ。こちらへはご旅行ですか?」 「ええ。○○温泉に」 「あ~あの辺はいい所でしょう。秋の紅葉狩りも最高なんですよ。また是非いらしてください」 感じのいい2人に雅紀も礼を言って別れ、ベンチに戻った。並んで座って液晶をのぞきこむ。 「お。いい感じに撮れてるじゃん」 暁に肩に手をまわされて、はにかむ自分の幸せそうな顔を、雅紀は嬉しそうに見つめて頷いた。 「よし。スマホでも撮っておくか」 暁は雅紀に頭の高さを合わせて寄り添うと、手を伸ばしてスマホで自分たちを写す。 「なにびっくり顔してんだよ。ほら、可愛く笑えって」 「だって暁さん、手長いから、驚いた」 「ふふん。俺のこのなが~い腕はな、おまえを抱き締めるためのもんなんだぜ」 「……またデカい声でそういうこと言う」 ふざけ合いながら2人の写真を何枚か撮り、ラインで雅紀に送ると、雅紀は1枚1枚ゆっくり見て、すごく幸せそうに微笑んだ。 さっきの告白のせいで少し元気がないが、表情が柔らかくなっている。ずっと言えずに苦しんでいたんだろう。肩の荷が降りたような雅紀の様子が、嬉しいけれど痛々しかった。 雅紀の告白の内容に、もちろんショックを受けなかったわけじゃない。ただ、雅紀が懸念していたようには、暁は少しも感じなかった。付き合っている間にふらふら浮気されるのはかなわないが、雅紀のそれは付き合う以前で、しかも雅紀の意志では決してない。正直、身体なんか洗ってしまえば綺麗になる。むしろ、それだけの目に遭って、心になんの穢れもない、純粋な雅紀が愛おしくてしょうがない。 ……過去のおまえは救ってやれなかったけどさ。これから先は、俺がおまえを守るよ。もうそんな哀しい思いなんかさせねえからな。 「さてと。そろそろいい時間だな。親友坂本達哉君との約束は、さっきの銀杏並木の通りの喫茶店だぜ。行くか」 「……うん」 雅紀は立ち上がり、ちょっと名残惜しそうに公園を見回してから、荷物を抱えて暁の横に並んだ。 「おまえ、一緒に行きたくないか?」 「え。ううん。どうして?」 「昔の知り合いっつってもさ、顔もよく覚えてないんだろ?人見知り……しねえ?」 雅紀はにこっと笑って 「大丈夫。俺、横で話聞いてるだけだし」 「そっか。んじゃ、行くぜ」 約束の時間にはまだ15分ほどあったが、先に店に入って待つことにした。小さな珈琲豆専門店のカフェで、店内には木の樽や麻袋があちこちに置いてあって、珈琲のいい香りが漂う。 店内は禁煙だったが、内庭へ続くテラス席は喫煙OKだった。 「このいい香りの中で煙草吸うのは、さすがに気がひけるな」 暁は苦笑して、テラス席に腰をおろす。雅紀は物珍しそうに店内を見回してから、暁の隣に座った。 髭のオーナーが今日のお薦めの豆の種類を教えてくれる。雅紀はマンデリンを、暁はオリジナルブレンドを注文した。 香りのよいコーヒーがオーナーこだわりの焼き物のカップで運ばれてきたのと、店のドアが開いて坂本が姿を現したのは同時だった。 坂本はテラスの暁に手をあげて、くんくんと鼻をうごめかせると 「俺はいつものブレンドね」 オーナーに注文して、テラス席にやってきた。 「ごめん。お待たせしたかな」 「いや。全然。俺らが早く来すぎただけで」 暁の言葉に坂本はほっとしたように微笑んで、暁の横で中腰になっている雅紀に気付き、まじまじと見つめた。 「君は……たしか……えっと……まさきくん?」 「あ、はい。篠宮雅紀です。お久しぶりです。坂本先輩」 「あ~やっぱりそうか。懐かしいな。2人揃って並んでいると、昔に戻ったみたいだ」 坂本は2人の向かいの席に腰をおろすと 「小野寺から連絡が来た時は嬉しかった。都倉……いや今は早瀬暁と名乗っているのか。でもおまえは、都倉だろう?」 「や、そのことについてなんだが…」 「で。例の件。真相はつかめたのか?」 急に声をひそめた坂本に、暁は眉を寄せた。 「例の件?」 「仙台を出る前におまえが話していた件だよ。詩織さんの仇の」 坂本が呟いた一言に、暁は息を飲んだ。 「仇……。やっぱり都倉が姿を消した理由は、それなのか…」 暁が呟いた一言に、今度は坂本が訝しげな顔をする。 「やっぱりって……。え?おまえ……都倉、だよな?」 雅紀は2人のやり取りを驚いた顔で見つめている。 暁は深呼吸をすると 「坂本くん。俺はおそらく都倉秋音で間違いない。だが……俺には昔の記憶がないんだ」 坂本は驚いて目を見開き 「記憶が、ない?」 「ああ。俺の記憶は病院のベッドからだ。6年前、向こうで事故に遭った」

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