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傷痕10

自分ももちろん混乱しているが、傍らで話を聞かされている雅紀にも、これは相当ショックな内容だ。 暁は降参とでもいうように手をあげて、坂本の淡々とした口調を遮ると 「達哉、ありがとう。だがいったんストップな」 真っ青な顔で口を押さえている雅紀に気づいたのだろう。坂本は表情を和らげ 「あ。すまない。今のはもし全ての事故が繋がっていたら……という俺の仮説にすぎないんだよ。雅紀くん、驚かせて悪かったね」 坂本の言葉に、雅紀は隣の暁を不安そうに見上げて 「でも……もしそれが本当なら、秋音さんは何度も命を狙われていたってことですよね?ね……暁さん。暁さんは、その相手に心当たりはないんでしょう?秋音さんには心当たり、あったのかな。だから仙台から姿を消したのかな」 「ああ。秋音が疑っていた相手はたぶん…」 答えようとする坂本に、暁はすばやく目配せすると 「今この場で結論を急ぐのはダメだろ。雅紀、この話は俺もじっくり考えたいしさ。後で話そうか」 雅紀はまだ不安そうな顔でしばらく暁を見ていたが、やがてこくんと頷いた。 「秋音、仙台に戻ってくる予定はないのかい?」 「うーん……。実は以前の勤め先の社長から、戻って来いって誘われてる」 坂本はぱっと表情を明るくして 「藤堂氏の事務所か?いい話じゃないか」 暁は笑って首をすくめ 「そうだな。ありがたい話だよな。なあ達哉、俺はあの仕事を気に入っていたか?やりがいを感じているようだったか?」 「それはもちろんだ。大学を選ぶ時点で、将来はあの事務所で働きたいと言っていたくらいだからな。競争率も高くてな、内定もらった時は2人で朝まで飲み明かしたんだ。おまえはとても嬉しそうだったよ。就職してからも月に1.2度は会って飲んだが、おまえは自分の仕事に夢中だった」 「そうか……。記憶を失っていなければ、俺は戻ったんだろうな、あそこに」 「……断ったのか?」 「いや。返事は保留にしてもらってるよ。俺にはまだやらなけりゃならないことがあるからな」 「そうか……。ところで秋音、今日はこの後予定があるのか?」 「あ~……ああ。その藤堂氏から飲みに誘われてるんだ」 坂本はちょっとガッカリした様子で 「なるほど。先を越されたか。こっちにはいつまでいるんだ?」 「日曜日の夜の新幹線で帰るつもりだ」 「じゃ、明日の夜は空けておけよ。久しぶりに飲もう」 暁はちらっと雅紀の方を見てから 「雅紀も一緒でいいだろ?」 「あ……ああ。もちろんだ」 暁はまた雅紀の顔を見てから、照れくさそうに笑って 「あのな達哉。紹介が遅れたけどな。篠宮雅紀は俺の大切な恋人なんだ」 「暁さんっ」 「いいだろ。達哉は俺の親友だぜ。ちゃんと話しておいた方がいい」 暁の告白に坂本は目を見開き、信じられないという顔で2人を見比べた。 「恋人……?え……冗談だろ……おまえたちは男同士じゃないか」 坂本の反応に雅紀の表情が強ばった。暁はにっこり笑って 「そ。男同士だけどな。付き合ってんだ」 「ちょっと待ってくれ。秋音。おまえいつ宗旨替えした?だっておまえはそっちの気はなかったはずだ。詩織さんと結婚したくらいだ。完全にノーマルだっただろ?」 やけに食い下がる坂本に、暁は苦笑いして 「大切にしたい相手が、たまたま男だっただけだ。別に問題ないだろ?」 坂本は呆然と暁を見つめていたが、暁の横で青ざめ目を伏せている雅紀に視線を移して 「君が、誘惑したのか」 その一言に雅紀は弾かれたように顔をあげた。坂本の表情が険しい。 「よせよ、達哉」 暁は低い声でそう言うと、笑みを消して坂本を睨み 「誘ったのはむしろ俺の方だ」 「それはないな。篠宮雅紀くん。あの頃、君の妙な噂を耳にしたが、あれはやっぱり本当だったんだな」 「達哉っよせっ」 身を乗り出した坂本と雅紀の間に割り込むような形で、暁は声を荒げ 「雅紀は俺の大切な人だと言ったはずだ。おかしな言いがかりはよせっ」 暁に鋭い目で睨まれて、坂本は憮然とした顔になり 「おまえは……変わったな。記憶をなくしたからか。もしそうでなかったら、男を好きだなんて、絶対言い出さなかったはずだ」 「達哉、もうやめろ。お前ががそういうの、受け付けられないというなら仕方ないさ。言い出した俺が悪かった。だからこの話はおしまいだ。それでいいだろ?」 「秋音、おまえ騙されているんだよ。そのこには本当に変な噂があったんだ。俺の後輩が…」 暁はダンっとテーブルを叩いて立ち上がった。竦み上がる雅紀の腕を掴んで立たせ 「残念だが、これ以上君とは話したくない。忙しいところを付き合わせて悪かったな、坂本達哉くん。いろいろと話を聞かせてくれてありがとう」 吐き捨てるようにそう言って、テラスから立ち去ろうとした暁の腕を逆に掴み、雅紀はすがりついた。 「ダメっ!暁さんっそんなの駄目だ!」

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