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傷痕11
暁は雅紀を引きずるようにして歩き出し
「いいから来いよ!おまえを侮辱されて、我慢なんか出来るか!」
「暁さんっそれは駄目!坂本さんは高校の時からの親友でしょ。俺の為に仲違いするなんて、絶対にダメ!ねえ、頭冷やして、冷静になってください!」
細い身体のどこにそんな力があるのかと思うほど、雅紀は必死に暁にすがりついて引き戻すと
「坂本さんは、暁さんのことを心配して、ずっと帰りを待っててくれた人でしょ。そんな大切な友達を、俺のせいでこんなに簡単に失うの?俺はそんなの絶対に嫌だっ。暁さんがこのまま帰るっていうんなら、俺、一人で向こうに帰ります」
必死の形相できっぱりと言い切った雅紀に、暁は表情を和らげ、坂本の方を振り返る。
坂本はじっと雅紀を見ていた。その顔には、複雑な心境をのぞかせる表情が浮かんでいる。
これまで雅紀を自分の恋人だと紹介して、こんな反応にあったことがなかったから、暁はうっかりしていた。世の中には同性愛を受け入れられない、嫌悪すら感じる人達が少なからずいるのだ。
暁の視線に気づいたのか、坂本が暁を見てバツの悪そうな顔をした。
しばらく、居心地の悪い沈黙が続く。
「俺……外に出てるから。2人でちゃんと話して、仲直りして」
沈黙を破り、雅紀が呟いてテラスから立ち去ろうとすると
「いや。篠宮くん。出て行ったりしないでくれ」
坂本が慌てた様子で雅紀を引き留めた。
「悪かったよ。突然の話でちょっと動揺してしまったんだ。失礼なことを言ってすまなかった」
「いえ。そういうの、俺は普通だって分かってるから。こちらこそごめんなさい。せっかくの再会なのに嫌な思いさせちゃって…」
暁が納得いかない顔で何か言おうとするのを、雅紀は制して
「俺、いない方が話しやすいなら言って。そんなの全然気にしないし。席、外すから」
「いいからおまえ、座れって。俺が悪かったんだよ。突然打ち明けたりしたからさ。考えなしで嫌な思いさせて、2人とも悪かった」
暁が深々と頭をさげ、だがすぐに頭をあげて
「たださ、雅紀を侮辱されんのは絶対に許せない。こいつはさ、記憶をなくして暗闇ん中彷徨ってた俺を救ってくれた、大切な大切な存在なんだ」
坂本は頷くと
「そうみたいだね。いや。すごくいいこなんだなって、今ので納得いったよ。つまらないこと言って本当に悪かった。ただ……俺も言わせてもらえばね、ホモ、いやゲイっていうのかな?そういう存在って、ちょっとなかなか受け入れ難いっていうか……。悪いとは思うんだけど」
「いいさ。人にはそれぞれの価値観がある。友人としても受け入れ難いってんなら、それはそれで仕方ないけどな」
「いや。それはないよ。うん、大丈夫だ。驚いただけだからな。たぶんそのうち慣れるだろう」
なんだか必死に自分に言い聞かせているような坂本の様子に、暁は苦笑して肩をすくめると
「達哉、おまえってそういや、どんな仕事をしてるんだ?コーヒー冷めちまったから注文しなおしてさ、お互いの近況報告でもしようぜ」
なんとなく座りにくそうな雅紀を、さりげなく椅子に座らせて、自分も座りなおし、髭のオーナーを呼んだ。
坂本と和やかな雰囲気のまま別れ、銀杏並木を歩いて賑やかな通りに戻る。
雅紀は思ったよりも穏やかな表情をしていて、暁の横に並んで歩き、通りの店先をのぞきこんだりしていた。
「ごめんな。俺がお調子者なせいで、おまえにやな思いさせちまったよな」
暁がぽつりと謝ると、雅紀は一瞬きょとんとしてから
「あ~……あは。大丈夫。あんなの俺、慣れっこだし。暁さんこそ驚いたでしょ。坂本さんはまだマシな方ですよ。謝ってくれて、その後も嫌がらないで話しかけてくれたし」
「そっか……。慣れっこ……か」
珍しく暁の方が落ち込んでいるようで、沈んだ声音で口数も少ない。雅紀は微笑んで
「俺と付き合ってるとね、これから先もああいうこと、あると思う。もし暁さんが辛いなら、恋人って公言しないで付き合っても、俺は全然平気だから」
暁は立ち止まり、まじまじと雅紀を見つめた。
「俺が辛いのはさ、自分がどう思われるかとかじゃねえよ。んなもん正直、全然気にならねえ。たださ、おまえがそういうの、慣れてる様子なのが辛い。すげー悔しくて、哀しいよ」
辛そうに顔を歪める暁に、雅紀はにこっと笑って
「優しいな、暁さん。俺の為に悔しがってくれたんだ。もうそれだけで充分。俺をちゃんと受け入れてくれて、理解してくれる暁さんがいれば、俺、もう何も怖くない。すごーく幸せだから」
雅紀がまわりから見えないように、そっと暁の手を握ってすぐに離した。暁はくしゃっと笑って雅紀の頭をぽんぽんすると、再び並んで歩き出した。
予約しておいた駅近くのシティホテルに、荷物を置きがてらチェックインした。
少し広めのツインの部屋を見回して、雅紀はほっとして、ソファーに腰をおろす。
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