191 / 377
つきがみていた8
2人が乗ったバスが、山道をくねくねとのぼっていく。駅前でバスに乗ってから30分近く経っていた。
暁は何も言わなかったが、行き先の見当はついている。暁の手に握られた花束が2つ。バスに乗る前に、花屋で暁が買ったものだ。
つきあって欲しいところがあると言った、その場所はお墓。秋音の母親と奥さんと、生まれることの出来なかった小さな魂の眠る場所。
「ここで降りるぜ。こっからちょっと歩くからな」
促され、雅紀は神妙な顔で頷いて、暁と一緒にバスを降りた。
山道を、更に上へと数分登っていった先に、墓地はあった。山頂を平たく削ったそこは、木々の生い茂った公園になっていて、その一角に、日本の墓地のイメージとはまったく違う洋風の芝生霊園がある。都倉家の墓石は、眺めのいい端の列にひっそりと佇んでいた。
「駐車場もあるから、レンタカー借りてくりゃ良かったな」
バスの中では口数も少なかった暁が、周りを見回しながら呟く。雅紀はちょっと緊張した顔で、都倉家の墓に歩み寄り、ひざまずいて手を合わせた。
後ろから暁が近寄ってきて、手に持った花束を2つ、そっと墓石の横に置く。
「お母さん、詩織さん、随分ご無沙汰しちまったけど、秋音だ。今は早瀬暁って名乗ってる。貴女たちのこと、ちゃんと思い出すまでは、ここへ来る資格はないって思ってたんだけどな。どうしても報告したい事があって来たんだ」
暁は雅紀の横に自分も膝をつき、雅紀の頭を撫でて
「俺の一番大切な人だ。名前は篠宮雅紀。俺は貴女たちを幸せに出来なかった。でも、こいつだけは絶対に幸せにしてやりたい。だから、見守っててくれな」
「暁さ……」
「ほれ、おまえも挨拶しろよ。俺の恋人だって、堂々と胸張ってさ」
雅紀は目を潤ませて暁を見つめてから、再び墓石の方に向き直り
「初めまして。篠宮雅紀です。せっかく秋音さんが戻ってきたのに、俺までくっついてきて、ごめんなさい。男なのに……ごめんなさい。でも俺、秋音さんのこと、愛してます。だから、傍に居させてくださいね。秋音さんと一緒に、幸せになりたいから。秋音さんのことは、俺が守るから。だから……許して……ください…」
必死で言葉を紡ぎ出す雅紀の目からは、また大粒の涙が零れて、石の上に落ちた。暁はポケットからハンカチを出すと、雅紀の目元に押し当てた。
墓地の横にある公園に行くと、2人はベンチに腰をおろした。
墓地や公園には人影はなく、目の前の駐車場には車が1台駐車してあるが、人の姿はなかった。
暁はポケットから煙草を取り出しかけて、ふときょろきょろと周りを見回し、駐車場の端に自動販売機があるのを見つけると、立ち上がり
「何飲む?コーヒーでいいか?」
雅紀は顔をあげ、泣いた後のまだ赤い目で、暁を見上げて微笑み
「俺も一緒に行く。トイレにも行きたいから」
そう言って立ち上がり、笑って頷いた暁の横に、並んで歩き出した。
風はまだちょっと冷たいが、綺麗に晴れた空には、うっすらと白い昼の月が浮かんでいる。
公園のあちこちに植えられている桜は、温泉街にあった桜と、同じぐらいの咲き具合だった。
駐車場を横切って、雅紀は暁と別れてトイレの方へ向かった。暁はそのまま自動販売機の方へ歩いていく。
ふいに車のエンジン音がした。
……あれ……さっきの車、人が乗ってたんだ…
雅紀は何気なく車の方を振り返った。
「え……?」
走り出した車は急激に速度をあげて、何故か出口の方ではなく、暁の方に向かっていく。
雅紀は息を飲み、咄嗟に暁の方へと走り出した。
「暁さんっっっ!」
雅紀の叫び声に、暁は驚いて振り返った。
こちらに向かって走ってくる雅紀。
そして、目の端に映る1台の車。
車は真っ直ぐに自分に突っ込んでくる。
このまま雅紀が自分に辿り着けば……。
暁は雅紀の方に向かって走り出した。
自分を庇おうと間に飛び込んできた、雅紀の腕を掴んで、思い切り引き寄せ抱き込んで、車に背を向けるようにして、脇へ避ける。
よけきれずに車に当たり、その衝撃でふっ飛ばされた。
咄嗟に雅紀の頭を庇って、コンクリートの縁石に、ガツンっと頭を打ちつける。
全てがまるでスローモーションのようだった。
自分の腕の中からもがき出て、悲鳴のような声で自分の名を呼ぶ雅紀に、何か答えようとして、そのまま全てが、ブラックアウトした。
……あの時と同じだ。詩織。俺を庇って逝ってしまった可哀想なおまえ。
でも今度はちゃんと守れただろ?
俺はちゃんとおまえを守れたよな?
なあ……雅紀……俺の大切な…
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!