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第45章 おれの知らないきみ1

「篠宮くん。都倉は?」 「あっ。藤堂さんっ」 オペ室の外のロビーで、いすに座りうなだれていた雅紀は、駆けつけた藤堂の呼びかけに、弾かれたように顔をあげた。よろよろと立ち上がろうとする雅紀を、藤堂は手で制して隣に座り 「まだ中かい?」 「頭を打って、酷い出血で……意識なくてっ。すいません……俺がついてたのに……こんな、こんなことになって……俺が」 「篠宮くん。落ち着きなさい。君の責任ではないよ。ひき逃げ……だったそうだね。君は怪我はないのか?」 雅紀は真っ青な顔で首をふり 「暁さんがっ庇ってくれたんですっ俺がっ守りたかったのにっ」 藤堂は、ガタガタ震える雅紀の肩をぎゅっと掴んで 「落ち着いて。ゆっくり深呼吸しなさい。そうか。都倉は君を守ったんだね。ならばきっとほっとしているよ。今度はちゃんと、大切な人を守れたんだからね。大丈夫。都倉は君を1人にはしないさ。だから落ち着いて、気持ちをしっかり持つんだ。そんな様子じゃ、君まで倒れてしまうからね。せっかく目を覚ましても、君が倒れてしまっていたら、都倉はきっと悲しむよ。そうだろう?」 雅紀は頷くと、大きく息を吸って吐いて、それを何回も繰り返した。 時間だけがのろのろと過ぎていく。 救急車で搬送された暁が、オペ室に入ってから、もう3時間近く経っていた。 2人をはねた車は、一旦行き過ぎて、また戻ってくる気配を見せたが、駐車場の入口に別の車が1台入って来ると、そのまま猛スピードで走り去った。 暁は頭から血を流して意識を失っていて、雅紀はパニックを起こしながら救急車を呼んだ。たまたまその時、車で墓参りに来たご夫婦が、驚いて駆けつけてくれて、暁の応急処置を手伝ってくれた。 暁に付き添って病院に入り処置を待つ間に、田澤社長ともじまるのご夫婦にはすぐに連絡を入れた。3人は驚いてすぐにこちらに向かうと言ってくれた。その後、藤堂にも連絡をした。 本当は血縁者である秋音の父親にも連絡するべきなのだろうが、雅紀は連絡先を知らない。第一、暁の命を狙っている可能性があるのは、その血縁者なのだ。うかつなことは出来ない。 「逃げた相手は、どんなヤツだったか、分かるかい?」 血の気を失った顔で、カタカタと小刻みに震えている雅紀に、隣の藤堂が穏やかに声をかける。 雅紀は首を横にふり 「運転席は、見えなかったんです…。車は社用車でよく見かける白のワゴンで…」 「そうか。車は、最初から都倉を狙っていたのかな?」 「はい。俺が見た時は凄いスピードで真っ直ぐ暁さんに……。やっぱりあの話はほんとだったんだ…」 雅紀の呟きに、藤堂は眉をひそめ 「あの話?……都倉を狙った相手に、心当たりがあるのか」 雅紀がそれに答えようとした時、オペ室の表示ライトが消えて、扉が開いた。雅紀は飛び上がるようにして立ち上がると、出てきた医師に駆け寄った。 「先生っ。暁さんはっ」 「頭部の裂傷の処置をした。出血が派手だった割にはそれほど深い傷ではないな。ただ頭を強く打って脳震盪を起こしているから、今後の経過を見て検査が必要だ。それと、手の指の骨折、大腿部の打撲、背中の打撲。ただ、どれもそれほど重症ではない。いまのところ、命にかかわる怪我ではないね」 雅紀はほうっと息を吐き出した。 ストレッチャーに乗せられて暁が出てくる。頭を覆う白い包帯と血の気のない顔色が痛々しい。 「暁さんっ」 雅紀は暁に駆け寄ると、泣きながら呼び掛けた。藤堂が後ろから歩み寄り、すがりつきそうになる雅紀の身体を支えて、一緒に歩き出した。 病室のベッドに横たわる暁の顔を、雅紀は椅子に座ってじっと見つめていた。 藤堂は仕事の電話をかけてくると言って、いったん部屋を出て行った。 都倉家の墓前で過ごした幸せな時間は、あっという間に悪夢に変わった。 守りたいと思った暁に、また守られてしまった。 気を失う瞬間の、暁の満足そうな微笑みが、目に焼きついて離れない。 雅紀は自分の、男にしては華奢な手を見つめ、ぎゅっと唇を噛み締めた。 「暁さんの……バカ……。なんで俺を庇ったりするんだよ。俺が、貴方を、助けたかったのに」 『ばーか。言ったろ。俺のこのながーい腕は、おまえを抱き締めるためにあるんだよ。おまえを守れて、よかったぜ』 暁のそんな言葉が聞こえてきそうで、雅紀はぽろぽろ泣きながら、暁の怪我をしていない方の手を、そっと握りしめた。 病室のドアが開き、田澤が顔をのぞかせた。 「篠宮くん、大変な目にあったな」 まず自分を気遣ってくれた田澤の優しいひとことに、雅紀の緊張が一気に緩む。 くしゃっと顔を歪めて、ふらふらと立ち上がりかけた雅紀に 「ああ、いいからそのまま座っていなさい。君も相当顔色が悪いぞ」 手をあげてそう言いながらベッドに歩み寄り、ベッドに横たわる暁の顔をじっと見る。

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