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おれの知らないきみ2
「婦長にな、話を聞いてから部屋にきたんだ。どうやら命にかかわる怪我じゃねえらしいな。ひとまずは、よかった…」
「すみません。俺がついていながら暁さんに…」
「いやいや。君も無事で本当に良かったぜ。ところで君は電話でひき逃げだと言っていたが、暁を狙ったヤツの人相は分からんのだよな?」
「はい。気がついた時には、車は暁さんに迫ってて…」
「そうか。まさか……こっちで起きちまうとはな。大胡さんの危惧していたことが、これで現実味を帯びてきたってわけだ。向こうでの調査を急がせないといけねえだろうな」
「え……?」
田澤は雅紀を振り返り
「雅紀くん。君は暁とずっと一緒にいたんだろう?こっちで暁が、誰と会ってどんな話をしたか、教えてくれねえか?」
「あ、はい」
雅紀は、もう随分前のことのように感じる、藤堂や坂本に会った時のことを、必死で思い出しながら、田澤に話して聞かせた。
田澤は静かに相槌を打ちながら聞いていたが、坂本が推測した話のくだりになると、厳しい表情をして
「そうすると、暁は記憶をなくしちまう前に、母親の事故についても、不審を抱いてたってわけか」
「暁さんは、自分を狙っている可能性があるのは、父親か兄かその周辺にいる人物だろうって」
田澤は眉をしかめて首をふり
「いや。父親ってことはねえな。大胡さんが舞さんを?そんなことは絶対にありえねえ」
雅紀は怪訝な顔になり、首を傾げて
「あの……田澤さん。舞さんって……秋音さんのお母さんの名前ですか?田澤さんはお母さんのこと、ご存知なんですか?」
「ん?あー……まあ、昔ちょっとな。大胡さんのお世話になってた時にいろいろあってな」
「大胡さん……?」
「ああ。暁の父親の桐島大胡さんだ。君もこないだ会っただろう?……あっ、いや、あん時の話は……。すまん。余計なこと言っちまったな」
みるみる顔を強ばらせた雅紀に、田澤はしまった…っという顔をして咳払いをし
「とにかく、父親ってことはないぜ。それは俺が断言出来る。だが……それ以外となると……分からねえな。なにしろ相当な額の遺産の話が絡んでくる話だ。……すまんがちょっと席を外すよ。電話をかけてくる」
田澤はそう言い置いて、慌しく部屋を出て行った。
雅紀は呆然と暁の顔を見つめて呟いた。
「……桐島……?」
……え……どういうこと?桐島ってあの桐島……?こないだ会ったって……。あの人が父親?秋音さんの?暁さんの?……そんな……。待ってよ。そんなことって…。
雅紀は思わず、口を手で覆った。
……じゃあ、暁さんの腹違いのお兄さんって……貴弘さん?……うそ……嘘だ……そんな……。
雅紀はふらふらと立ち上がり、暁の顔をのぞきこむ。暁は眠ったまま、ぴくりとも動かない。
「暁さん……暁さんは、貴弘さんの、弟、なんですか?……暁さんの悩み事って……そのこと?だからあんな難しい顔、してたの?」
雅紀の問いかけに、暁は答えてくれない。
足の力ががくんと抜けて、雅紀はその場にずるずるとへたりこんだ。
「………そうか。それで、秋音は無事なんだな。…………分かった。……………いや、私は動かない方がいいだろう。貴弘に気づかれては、いけないからな。何か変化があったらまた連絡をくれ」
藤堂が病室に戻ってきたが、田澤がいるのを見て安心した様子で、いったん仕事に戻ってまた来ると言って帰って行った。
もじまるのおじさんとおばさんが到着したのは、それから30分ほどしてからだった。
2人とも顔を強ばらせて病室に入ってきたが、田澤の説明を聞いて、少しほっとした表情になった。
おばさんは、大きな紙袋から、タッパーに詰めた煮物を取り出して雅紀に渡し
「ほんとに大変な目に遭ったわね。でも貴方がついてくれていて良かった。あの、残り物で悪いけど、これは後で貴方が食べてね。それと…」
おばさんは、おじさんの持ってきた大きな鞄を差し出して
「中にね、暁の下着やらなにやら、病院で必要なものが入ってるの」
「ありがとうございます」
深々とお辞儀する雅紀に、おばさんは穏やかに微笑むと
「私らが来るまで、一人で付き添ってくれていたのよね。不安だったでしょう。本当にありがとう。ちょっと交代してわたしが暁を見ているから、貴方は少し外で息抜きしていらっしゃいな」
「いえっ大丈夫です。俺…」
慌てて首をふる雅紀に、おばさんはにっこり微笑んで
「病室の付き添いって、私も経験あるから分かるけど、ずっとここに閉じ籠ってるとね、気持ちが滅入ってきちゃうものよ。暁が目を覚ましそうだったら、すぐに呼ぶから、せめて病院の庭に出て、外の空気を吸っていらっしゃい」
優しく諭されて、雅紀は戸惑いながら暁の顔を見て、すぐにおばさんに視線を戻すと
「分かりました。それじゃあ、少し外の空気を吸ってきますね」
雅紀は、田澤と早瀬夫婦に頭をさげると、ちょっと後ろ髪をひかれる思いで、病室を出た。
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