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おれの知らないきみ5
消灯時間になり、簡易ベッドにいったん横になったが、神経が高ぶっているせいか、まったく眠れない。何度か寝返りをうち、早々に諦めてベッドから降りると、暁のベッドの側に行った。
暁は穏やかな寝息をたてて眠っている。
雅紀は椅子に腰をおろすと、そっと暁の手を握り、その手に自分の頬を寄せた。
暁の手の温もりが嬉しい。
暁の命が無事で良かった。
雅紀の目から涙が零れ、頬に伝い落ちる。
『おまえはっ。もうほんっとに、泣き虫だな。目が兎だっつーの』
困ったような顔で、ため息混じりにそう言う暁の声が、聞こえてくるような気がする。
眠っている暁が、ふいに身じろぎした。
雅紀ははっとして手を離し、顔をあげて袖で涙をごしごし拭った。
暁の瞼がぴくぴく動き、やがてゆっくりと目を開く。ぼんやりとした視線が少しずつ焦点を結び、雅紀の方に向けられる。
「あき……とさん……?」
「ん……。……雅紀……か?」
「うん。雅紀です。秋音先輩。どうですか?具合は」
暁はちょっと顔をしかめて
「喉…乾いた……。水、くれるか?」
ちょっと苦しそうな暁の掠れ声を聞いて、雅紀は慌てて、備え付けの冷蔵庫から水のペットボトルを取り出した。キャップを開けてストローを挿すと、暁の口元に持っていく。暁はストローを咥え、ゆっくりと水を飲んだ。やがて暁がもういいというように目配せをする。雅紀は頷いて、ストローを口元から離した。
「ありがとう。助かった。ようやくまともに声が出るよ」
ほっとした様子の暁に、雅紀は微笑んで
「あの……秋音先輩、眠る前のことって、覚えてますか?」
「ああ……なんとなく……な。俺は……事故に遭ったん……だよな?」
「そうです。車にはねられて。頭と指を怪我してます。あと、足と背中も打って。どこか痛いとこ、ないですか?苦しいとかは?」
暁はぎこちなく笑って
「いや。痛いっていうより、だるいかな……。ところで今、何時だ?」
雅紀はスマホをポケットから出して
「えっと……22時15分ですね」
暁がじっと自分の手元を見つめているのに気づいて、雅紀は顔をあげ首を傾げる。
「いや。出来れば今日の日付を……見せてくれるか?」
雅紀が差し出す画面をじーっと見て、暁はため息をつくと
「2015年……か。本当なんだな、記憶をなくしていたってのは……。たしかに俺の記憶は、6年前で止まってしまっている」
暁の呆然とした呟きに、雅紀は何も言えずに目を伏せた。
「……なんだか……変な感じだな。浦島太郎にでもなったみたいだ。……そういえば、さっき眠っている間に、夢を見ていたよ。誰かが泣いている夢だ。俺はその泣き顔を見るのが嫌で、必死に笑わせようとしていた。あれは……誰だったのか…」
ぼんやりと天井を見ながら、独り言のように呟く暁の言葉に、雅紀はまた滲みそうになる涙を必死に堪えた。
「ところで雅紀、おまえがずっと付き添ってくれているのか。すまないな。面倒かけてしまって」
雅紀は目を伏せたまま、首をふるふる横にふって
「どうぞお気遣いなく。先輩には、昔随分お世話になりましたからね。せめてもの恩返しです。何かあったら、いつでも呼んでください。俺、あっちのベッドにいますから。遠慮なんかしないでくださいね」
声が震えたりしないように、雅紀はなるべく明るい声でそう言うと、ペットボトルを冷蔵庫にしまい、立ち上がる。
「え……もう寝るのか?出来ればもう少し……話を聞かせて欲しいんだが…」
心細げな暁の声に、雅紀は心を鬼にして首をふり
「身体、だるいんですよね?まだ無理をしちゃだめですよ、先輩。明日の朝、目が覚めたら、先輩が知りたいこと、俺に分かる範囲で何でも答えますから。だから今は、ゆっくり眠ってください」
「……ああ、そうだな……。わかった。ありがとう、雅紀。……おやすみ」
「……おやすみなさい……秋音先輩」
間接照明だけの薄暗い室内で、暁に自分の表情が見えないことを願いながら、雅紀は精一杯に微笑んでみせた。暁にくるりと背を向け、簡易ベッドの方へ戻る。
ベッドに横になり、布団を頭から被って、雅紀は声を殺して泣いた。
涙なんか出尽くして、全部渇れてしまえばいい。
明日の朝、暁の質問に、泣かずにちゃんと答える為に……。
目が覚めて、一番に見えたのは、見知らぬ部屋の白い天井。
……夢じゃないんだ。ここは病院。暁さんは…
のろのろと起き上がり、ベッドから降りる。
部屋の隅の洗面台で鏡をのぞきこむ。
夕べ泣いたせいで、目元が腫れぼったい。
なるべく大きな音を出さないように、そっと蛇口をひねって、冷たい水で顔を洗った。
タオルで拭いてもう一度自分の顔を見る。
ぎこちなく頬を動かし、微笑んでみる。
……もう泣かない。暁さんの前では絶対に。
雅紀は深呼吸すると、暁の眠るベッドに向かった。
眠っていると思っていた暁が、ぼんやりと天井を見つめているのに気づいて、ちょっとどきっとした。
「……秋音先輩?」
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