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惑う月5

熱と痛み止めの薬のせいで、その日、暁はうとうとしては目覚め、またうとうとするのを繰り返していた。額に滲む汗を拭き、苦しそうなら手を握り、雅紀ははらはらしながら、ずっと暁の側にいた。 途中、早瀬のおばさんに、そんな調子じゃあなたが参ってしまうから、息抜きをして来いと部屋から出されたが、煙草を吸う気にもなれず、一旦部屋を出ても、暁の様子が気になって、結局すぐに舞い戻ってしまった。 夕方になり、ようやく暁の意識がはっきりしてきた。息遣いも落ち着き、ゆっくりとだが会話も出来るようになって、雅紀はほっと胸を撫でおろした。 夕食の時間がきて、朝よりは食のすすむ暁に、あれこれと世話を焼いていると、藤堂がやってきた。 ロビーに出て忙しそうに仕事の電話をしていた田澤が部屋に戻ると、藤堂は早速、今朝の件を暁にも話し始めた。 「都倉。おまえ、怪我が治るまで俺の家に来ないか?」 「え……」 暁の反応が鈍い。微熱のせいで潤んだ目で、ぼんやりと藤堂を見上げている。藤堂は苦笑して 「つまりな、こっちにこのまま入院して、退院したら俺のマンションで療養しろってことだ。幸か不幸か、俺は1回結婚でしくじってるから、マンションはファミリータイプだ。2~3人ぐらい、余裕で居候出来る広さってわけだ」 「……それは……ありがたいお話ですが……。藤堂さんにそこまでして頂く理由がない」 「理由ならもちろんあるさ。優秀な人材を2人、うちの事務所にスカウトするチャンスだからな」 「2人……?」 「ああ。おまえと篠宮くんだよ。おまえが動けない間は、篠宮くんにおまえの看護をしてもらう。そして、今度うちの事務所が参加するデザインコンペのアイディアを、2人に手伝ってもらうことが条件だ」 次から次へと飛び出す藤堂の突拍子もない話に、暁だけでなく、雅紀も口をぽかんと開けている。 「いや、社長、それは無茶ですよ。俺が仕事を離れて、もう何年も経っているんですよね?そんな時代遅れのノウハウで、大事なコンペのデザインなんて…」 「やってみなけりゃ分からんだろう?もちろん箸にも棒にもひっかからないようなものなら、遠慮なくボツにしてやるよ。俺の事務所は少数精鋭の実力主義だからな」 目を輝かせ、身を乗り出して話す藤堂に、暁はため息をつき 「変わってませんね、藤堂さんは。思いついたら即実行。そして言い出したら後にはひかない。貴方の今の仕事っぷりが目に見えるようですよ」 「当然だよ。おまえが知ってる頃より、俺は更に進化しているつもりだ」 暁は、ぽけっとしている雅紀を横目で見て 「それで、このお話。雅紀は承知しているんですか?」 藤堂も雅紀をちらっと見て首をすくめ 「いーや。まだだよ。彼に話すのは、これが初めてだからね」 「そうだと思いましたよ。雅紀のやつ、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をしている」 2人に見られて、雅紀は慌てて口を閉じ、顔を赤らめた。 「や。だって、話が唐突過ぎて、俺、全然ついていけないっていうか…」 「もちろん、ゆっくり考えてくれていいんだよ。都倉はまだ何日かはここから動けないんだしな。ただ、田澤さんが明日の朝の電車で向こうに戻られるそうだから、その前に話をしておきたかったんだ」 「えっ。田澤さん、もう帰っちゃうんですか?」 「ああ。ほんとはもう少しゆっくりしていてえとこなんだが、仕事がな」 「そう……なんですか……」 「昼間、藤堂さんから電話いただいてな、お互いにじっくり本音を話し合ったんだ。それでな、俺や早瀬さんたちの気持ちも理解してもらった上で、おまえたちの意思を尊重するって結論になった」 雅紀は田澤と早瀬夫婦の顔を見た。3人とも内心は複雑な心境だろうが、暁や自分の気持ちを気遣って穏やかに見守ってくれている。 怪我が治るまでの期間限定とは言ったが、暁が記憶を取り戻さなければ、田澤の事務所に戻ることは、もうないかもしれない。 「雅紀くん。あなたと暁がどうしたいか、それが一番なのよ。何か困ったことがあれば、私たちはいつだって力になるわ」 迷う雅紀に、おばさんが優しく微笑んだ。 「2人でゆっくり話し合って、決めたらいい」 おじさんも穏やかにそう言って頷いてくれる。 「分かりました。秋音さんと相談して、今後どうするか決めます。藤堂さん、返事はもう少し待ってください」 「ああ。待つよ。それじゃあ仕事に戻るから、俺はこれで」 藤堂はにこやかにそう言うと、病室を後にした。 田澤と早瀬夫妻がホテルに戻り、病室に2人きりになった。 疲れるといけないからと、雅紀がベッドのリクライニングを倒そうとすると 「まだいい。それより雅紀。ちょっとそこに座ってくれ」 改まった表情の暁に雅紀も神妙な顔になり、ベッドの横の椅子に腰をおろした。 「藤堂社長の話、おまえはどう思ってる?」

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