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ぬくもりのかけら2

午後になり、朝のうちは仕事だと言っていた藤堂が、ケーキの箱とずんだ餅の入ったパックを持ってやってきた。 「俺は甘いものはダメだからね、事務所の女の子に美味しい店を聞いたんだ」 藤堂は受け取る雅紀にウィンクすると、ベッドにつかつかと歩み寄り 「ちょっとやつれたか?都倉」 「ええ。昨日少し熱が出てしまって。でも今日は体調いいですよ。それより、すみません。お忙しいところ何回も足を運んでいただいて」 「構わんさ。仕事の合い間のちょうどいい息抜きだ。目の保養にもなるしな」 ケーキの箱を早瀬さんと一緒にのぞきこんでいる雅紀を、ちらっと意味ありげに見てから、暁にニヤリと笑いかけた。暁は少し憮然とした顔になり 「あいつにはその気はありませんよ。また変な病気出さないでください」 小声で釘をさす暁に、藤堂は意外そうな顔で 「ん?記憶が戻った……ってわけじゃなさそうだな。なんだ、おまえが焼きもちとは珍しい」 「違いますよ。大事な後輩を厄介事に巻き込みたくないだけです」 不貞腐れたような暁の言い方が可笑しくて、藤堂はくく……と楽しそうに笑った。 「おまえね、恋愛は自由だろう?あのこにその気があるかどうかは、口説いてから俺が判断するさ」 「それは、そうですけど」 全然納得していない顔で、暁がふいっとそっぽを向く。藤堂は内心ちょっと感心していた。 記憶をなくしていても、雅紀を他の男に取られるのは面白くないらしい。多分無意識な心理なんだろうが、この部分をつついて焦らせれば、案外暁の記憶はあっさり戻るかもしれない。 わりと本気で雅紀を口説き落としたい藤堂としては、このまま暁の記憶が戻らない方が好都合ではあるのだが、仕事も恋愛もフェアに競ってこそだ。勝利を掴んだ時の喜びもひとしおだろう。 ……まあ、いいさ。時間はたっぷりある。 藤堂は内心ほくそ笑むと、雅紀たちの方を振り返り 「最近評判のケーキ屋の、一番人気のシュークリームだそうだよ。早瀬さん、良かったら早速みんなで食べてください。雅紀、ちょっと飲み物買ってきてくれるかい?」 「あ、はいっ」 雅紀はケーキの箱をおばさんに渡して、飲み物を買う為に部屋を出て行った。 藤堂が今手掛けている仕事の話に、暁は熱心に聞き入っていた。暁はもともとそっちの畑の人間だ。雅紀がアシスタントをしていた頃も、仕事熱心な人だった。藤堂の話術も巧みで、仕事の話だけでなく世間話も面白くて、早瀬さんも雅紀も時間を忘れて聞き入っていた。 ひとしきり賑やかな時間を過ごすと、あまり疲れさせてもいけないからと、藤堂は病室を後にした。雅紀が見送りのために一緒に出ると 「君は煙草は吸うのかい?」 「あ、はい、たまに。あ、吸われますか?喫煙所なら裏庭にありますよ」 「ありがとう、じゃ、一緒に行こうか」 誘われて、喫煙所のベンチに2人腰をおろす。 「ご馳走さまでした。シュークリーム、すごく美味しかったです」 藤堂は胸ポケットから煙草を取り出し火をつけると 「それは何よりだ。君も都倉も甘いものが好きなんだな。女の子たちから情報を仕入れて、また美味しいものを調達してこよう」 にっこり笑う藤堂に、雅紀も微笑み返し 「シュークリームもですけど、お話も楽しかったです。あきら……いえ秋音さん、久しぶりにイキイキしてて、俺、なんだかほっとしました。本当にありがとうございます」 「好きなんだなあ、都倉のこと。そんな顔してるの見ると、ちょっと妬けるな」 「え…」 じっと見つめられて、雅紀は赤くなって目を逸らした。 「そんなに想われているのに、君のこと忘れてしまうなんて、やっぱりけしからんヤツだな、あいつは」 「や、そんな……。事故ですから、仕方ないです…」 「俺の所に来るのは、都倉の為かい?君の方の都合は本当に大丈夫?」 「あ、はい。こちらこそ、お言葉に甘えさせてもらってすみません。病院でかかった費用とか今後の生活費は、俺ちゃんと出しますから」 「ああ。その点は心配しなくていいよ。先行投資ってことで、都倉にはその分、怪我が治ったらバリバリ働いてもらうからね。もちろん、君にも」 「あの……藤堂さん…」 「ん?なんだい?」 雅紀は言い出しにくそうに口を開いては閉じ、手の中の煙草をいじっている。 「もしかして、俺の所で働くのは嫌かい?」 「やっ、嫌ってことじゃなくてっ。そうじゃないんです。ただ…」 「ただ?」 「俺、向こうでちょっと……やり残したことがあるんです」 「やり残したこと?」 雅紀は目を伏せて、煙草の箱をぎゅっぎゅと握りしめている。 「はい。あの、ちょっとややこしいことで、でも片付けてしまわないと。俺自身、納得いかないというか、安心出来ないんです。だから…」 藤堂は煙草の煙を吐き出して、首をかしげ 「ふうん……。よく分からないが、それは時間がかかることなのかい?」

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