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ぬくもりのかけら4
最高に幸せな時間と最悪に辛い時間が交互にやってきて、まるでジェットコースターのように気持ちが上がったり下がったり忙しない。
暁との幸せな時間。瀧田の屋敷で過ごした最悪の時間。暁に助けられて仙台で過ごした至福の時。そして暁の事故。秋音が記憶を取り戻し、暁が記憶を失くし、そのために宙ぶらりんになった自分の想い。
横になってぼんやり考えているうちに、いつの間にかうとうとしていたらしい。はっと飛び起きて時間を見ると、1時間近く経っていた。
雅紀は慌てて、寝癖のついた髪の毛を直し、ホテルを出て、病院に戻る為にバスに乗った。
病室に戻ると、暁はぐっすり眠っていた。雅紀はほっとして、洗濯物をたたんでいるおばさんに
「すみません。遅くなっちゃって。おかげさまで風呂にも入ってさっぱり出来ました」
小声で話しかけると、おばさんは微笑んで
「もっとゆっくりでも良かったのよ。でも少しは息抜き出来たみたいね。表情が明るくなったわ。あなたね、ずっと思い詰めた顔してたから……心配だったのよ」
おばさんの言葉に、雅紀は自分の頬を手でこすって
「え……俺、そんなに顔に出てました?」
「そりゃあもう、悩んでますって字が見えるくらいね」
雅紀は顔をしかめ
「そんなに?嫌だな。自分では普通の顔、してるつもりなんですけど…」
おばさんはくすくす笑って
「暁がね、あなたを好きになった理由がよーく分かったわ。あなたみたいな素直で優しい人が側にいてくれたら、私も安心よ」
おばさんの言葉に雅紀は目を伏せた。
「そうそう、さっき、先生がいらしてね、検査の結果はどこも異常はなさそうだって。今日は熱も出てないし、経過は順調だそうよ。怪我の回復も早いって感心してらしたわ」
「そうですか。良かった…」
「転院はせずに、退院後もこちらに通うことになると思うって伝えておいたわ。長距離の移動はやっぱり身体への負担も大きいから、可能ならばその方がいいでしょうって」
ほっとする雅紀の腕を、おばさんはポンポンと優しく叩いて
「でも退院してもしばらくは、あなたに面倒かけちゃうわね。あんまり気を張りすぎないで、適当に息抜きするのよ。暁が我儘ばかり言うようなら、いつでも電話してちょうだい。私が叱り飛ばしてあげますからね」
目をくりくりさせておどけるおばさんに、雅紀は思わず吹き出した。
「はい。その時はよろしくお願いします」
暁の退院が決まったのは、その2日後だった。早瀬夫妻は最後まで残って、退院の荷物まとめも手伝ってくれた。藤堂が車で迎えに来ると、
「せっかくだから、一泊だけ温泉旅館に泊まってから向こうへ帰るわ。雅紀くん、暁のこと、よろしくね」
おばさんは少し涙ぐみながら、雅紀にも頑張り過ぎるなと何度も念を押し、名残惜しげに病院を後にした。
藤堂のマンションは聞いていた通り、1人で住むには広すぎる程の間取りで、暁と雅紀がそれぞれ1部屋ずつ借りても、まだ2部屋余っていた。
藤堂に手を借りて、暁が無事にソファーに腰をおろすと、雅紀はほっとしたのか、きょろきょろと物珍しそうに周りを見回し
「こんな広い所に藤堂さん1人で住んでたら、寂しくないですか?」
雅紀の言葉に、藤堂は笑いながら首をすくめ
「ああ。寂しいよ。特に夜がね。雅紀、君さえ良ければ俺と同じ寝室に…」
「雅紀、悪いけど、俺の荷物を奥の部屋に運んでくれるか?」
暁がすかさず藤堂の戯れ言を遮った。雅紀は藤堂から暁に視線を移し
「先輩はまだ横にならなくてもいいですか?」
「大丈夫だ。それとな、雅紀、俺のことは先輩じゃなくて名前で呼んでくれ」
「え……あ、えと……秋音……さん?」
「うん。それでいい。ちなみに藤堂さんのことは、社長呼びで構わないからな」
暁の訳の分からない念押しに、雅紀は首をかしげ、頭の上に?マークを飛ばしている。藤堂は顔を背け、笑いをこらえた。
こうして始まった男3人の同居生活は、初日から問題発生だった。
雅紀が壊滅的に不器用だったのだ。
基本、藤堂は何でもこなすが料理だけはしない。暁は料理が得意だが、怪我をしているので出来ない。当然、雅紀が3人の食事を作る担当で、本人もそのつもりで張り切っていたのだが……。
マンションに来る途中で買い込んだカレー用の材料は、雅紀の手で2時間ほどかかって、微妙な煮え加減のごろごろ野菜のスープに化けた。
「なかなか……面白い味がするポトフだね」
藤堂は一口食べて首をひねった。
「あの……これ、カレーです……」
雅紀も首を傾げながら、半分生のじゃがいもをかじって顔をしかめた。
「市販のカレールーを使ったんだよな?作り方、箱の後ろに書いてあっただろう?」
暁は大きさがまちまちで、一口大とは言えないデカさの野菜を、スプーンでつついてため息をついた。
「えと……その通りに作ったつもりなんですけど…」
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