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ぬくもりのかけら5
「今日はとりあえず、何か出前でも頼もうか」
しょんぼりしている雅紀を見て、藤堂が慌ててとりなすと、暁は首を横にふった。
「いや。勿体ないからこれを作り直しましょう。雅紀、近くのコンビニでカレールーを一箱買ってこいよ。直し方、教えてやるから」
「はいっ」
雅紀は立ち上がると、財布を持って急いで外に出て行った。
暁の指示で、まずは野菜を全てすくいあげ、デカ過ぎるものを切って大きさを揃え、電子レンジで加熱した。中まで火が通ったか確認すると、スープの中に戻して、もう一度煮直し、買ってきたルーをとろみと味を確認しながら足していく。
焦げていなかったのが幸いだった。材料生煮えのカレースープは、暁の指示でなんとか普通のカレーに変身した。
1時間後、再び食卓を囲んだ3人は、一口食べてほっとした表情になった。
「すごい……ちゃんとカレーになった…」
感動している雅紀に、藤堂も楽しそうに笑って
「うん。美味いね。普通にカレーだ」
「いや。あの材料でカレーが出来上がらない方がおかしいので。雅紀、おまえはレシピの解釈が個性的過ぎる。次作る時は献立の時点で、俺に相談してくれ」
苦笑する暁に、雅紀は再びしゅんとなり、神妙な顔で頷いた。
夕食でバタバタしてしまったせいで、少し疲れた様子の暁を部屋に連れていく。甲斐甲斐しく世話を焼き、暁がベッドに横になると、雅紀も自分にあてがわれた部屋に行こうと、ドアの方に向かった。
「雅紀」
「はい?」
「しょげるな。料理ぐらい俺が教えてやる」
元気のない雅紀が気にかかったのだろう。暁はそう言って優しく微笑んだ。向こうのアパートで暁が同じことを言ってくれたのを思い出し、雅紀は少し切なくなりながら
「ありがとう、秋音さん。ゆっくり休んでください。俺、隣の部屋にいますから」
頷いて目を閉じた暁を確認してから、雅紀は部屋を出た。自分の部屋のドアを開けようとして、その前に食器を洗わないとと思い出し、キッチンに向かった。リビングダイニングのドアを開けると、リビングのソファーに藤堂がいて、パソコンで仕事をしていた。雅紀に気づいて顔をあげ
「都倉は、もう寝たかい?」
「はい。ちょっと疲れたみたいで。あ、俺、洗い物しますね」
「食器ならもう洗ったよ。いいからこっちにおいで」
手招きされて、雅紀は藤堂の側に歩み寄った。
「これをちょっと見てごらん。今度のデザインコンペの資料と、うちの社員たちからあがっているデザイン案だ」
隣に座れと示されて、雅紀は藤堂のすぐ横に腰をおろすと、パソコンの画面をのぞきこんだ。
もともと、藤堂の事務所でこの仕事がやりたくて、大学も建築デザインのある学科を選んだ雅紀だ。
目を輝かせて画面にかじりついた。その様子を藤堂は満足そうに見てから、立ち上がってキッチンに行き、コーヒーメーカーで2人分のコーヒーを淹れて戻ってきた。
「はい、コーヒー。雅紀はブラック?」
「あ、すいません、ブラックです。ありがとうございます」
「熱心だねえ。先日俺の事務所に来た時も、俺の部屋の資料やデザイン案に夢中になっていたろう?好きなんだな」
雅紀はマウスをクリックしながら、デザイン案をひとつひとつ食い入るように見つめ
「うん。好きですね。藤堂さんの過去のお仕事、どれ見ても俺の好きなデザインばっかりで」
藤堂は雅紀の隣に座りなおし、コーヒーをひとくちすすって
「好きなのは、俺の仕事……か。じゃあ、俺自身のことはどう?好き?嫌い?」
楽しげに顔をのぞきこまれ、思いがけず至近距離に藤堂がいることに気づいて、雅紀はすいっと身体をひき
「え……あの……」
「仕事だけじゃなくて、俺のことも好きになってもらえると嬉しいんだが?」
藤堂は戸惑う雅紀の目をじっと見つめたまま、更に身体を寄せた。
雅紀は、暁の忠告を思い出して、藤堂からもじもじと身を離す。更ににじり寄ってくる藤堂に、ソファーの端まで追い詰められた。
「あのっ……俺、そろそろ部屋に…」
雅紀は焦って立ち上がりかけ、藤堂に腕を掴まれた。
「まだ寝るには早いだろう?」
藤堂はにこやかに笑いながら、ぐいっと手を引き雅紀を座りなおさせて
「そんなに警戒しなくていいよ。ただね、俺のこと、君にもっと知って欲しいだけだ」
雅紀は顔を歪め、藤堂に掴まれた手を振りほどいた。
「藤堂さん。俺はゲイです。あなたや暁さんと違って、恋愛対象は同性だけなんです」
「……うん。そうみたいだね」
「だから、冗談でもこういうのは困ります。俺が好きなのは…」
「都倉だけか。だが彼は君が恋人だということを、忘れてしまったよ」
藤堂の穏やかな言葉が胸に突き刺さる。雅紀は哀しげに目を伏せて
「それでも、俺は暁さんが好きです。暁さん以外の男性には触れられたくないんです。ごめんなさい」
藤堂はため息をついて、雅紀から少し離れた。
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