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第48章 時の迷路1

自分の頭の中にぽっかりと出来た空白の時間。 なくしているのは、記憶だけじゃない。 何かものすごく大切なことを、自分は見失ってしまっている気がする。 自分の中にいる自分が、必死に何かを伝えようとしている気が……。 暁はため息をついて、スマホの電話帳を開く。 ……考えたって駄目だ。俺の空白は埋まらない。それより雅紀だ。あいつはきっと、何かを隠してる。 雅紀のページをタップして電話をかけた。 手の中のスマホが着信を告げた。びっくりして取り落としそうになり、雅紀は慌てて画面を見つめる。 ……!暁さんだ…っ 電話に出るよりも先に、立ち上がってドアに向かっていた。隣の部屋のドアを勢いよく開ける。 「何っ?暁さんっ。具合、悪い!?」 バタバタと部屋に飛び込んできて、いきなり叫んだ雅紀に、暁は唖然として 「いや……電話、したつもりだったんだが…」 スマホを持ち上げて振ってみせると、雅紀は手の中のスマホに視線を落とし 「あ。そっか……電話……だった」 暁は苦笑して 「まあ、いいさ。来てくれたんならちょうどいい。おまえに聞きたいことがあるんだ。ここ、座れよ」 雅紀は暁に手招きされて、早とちりに赤くなった顔をうつ向けながら、すごすごと隣に腰をおろした。 1人分のスペースを空けて隣に座った雅紀は、落ち着かない様子で暁をちらっと見て 「あの……聞きたいこと、って……?」 「ああ……。あのな、雅紀。正直に答えてくれよ」 「……はい」 「俺とおまえって、どんな関係だ?」 「……え…」 「俺はもしかしておまえに、変なことを言ったりしたり、していないか?」 「……変な……こと……って……?」 雅紀は暁から目を逸らし、手の中のスマホを見つめている。 「いや。俺が記憶をなくして早瀬暁と名乗っていた時にな。おまえが嫌がるようなことを……つまりだ、何というか……おまえに…」 暁は言いよどみ、口ごもり、ついには難しい顔をして、黙り込んだ。雅紀は顔をあげ、暁の横顔を見て首を傾げた。 「……あきと……さん?」 雅紀の顔を見てみると、大きな目が戸惑いに揺れていてひどく不安そうだ。 暁は思わず手を伸ばし、雅紀の頬に手の平で触れた。雅紀ははっと息を飲み、目を更に大きく見開く。 自分を見つめている暁の視線が遠い。何かを思い出そうとするように、目を細め顔をしかめている。 頬に触れる手は大きくて温かい。暁の、手だ。 「……っう…っ」 ふいに暁が呻いて顔を歪めた。雅紀の頬から手を離し、こめかみを押さえて俯く。 「……っ秋音さんっ?!」 雅紀は慌てて暁の腕を掴み、顔をのぞきこんだ。 「頭っ、痛いですか?!」 「あ……あ、だいじょうぶ、だ。ちょっとズキっと、しただけだから」 雅紀は泣きそうな顔で暁の頭を撫で 「無理しちゃダメです。秋音さん、ね?俺、水持ってきますから。薬飲んで横になりましょう?」 「ああ……悪いな」 雅紀は立ち上がると、バタバタと部屋を出て行った。その後ろ姿を見送ってから、暁は自分の手の平をじっと見つめた。 ……さっき一瞬、頭に浮かんだ情景は何だ?病院でも夢で見た。同じだ。大きな目。涙をいっぱい溜めて……。あれは……雅紀……?泣いていたのは雅紀なのか?……俺は……俺は… もう少しで何か思い出せそうなのに、頭をキリで刺し込まれるような酷い頭痛が襲ってくる。 暁は手で頭を押さえてベッドの上で蹲った。 雅紀が持ってきてくれた水で薬を飲み、手を借りてベッドに横になると、頭痛は程なく治まったが少し熱が出た。雅紀は氷水を持ってきてタオルを浸して絞ってから、暁の額にあてた。 うつらうつらして、目を開けると雅紀の心配そうな顔がある。そんな顔するな、大丈夫だからと笑って言ってやりたいのに、薬のせいか熱のためか、おそろしくだるくて眠くて、意識を保っていられない。 ……おまえにそんな哀しい顔を……させたくはないんだけどな……。なあ、雅紀……。俺は……おまえのことを… 暁の意識は、そこでふっつりと途切れた。 「大丈夫だよ。熱はそれほど高くない」 悲壮な顔をして暁を見守る雅紀に、脇の下から抜き取った体温計を確認しながら、藤堂は安心させるように声をかけた。 「でもっ……酷い頭痛だったみたいなんですっ。すごく痛そうでっ……く、苦しそうでっ」 「苦しそうなのはむしろ君だよ。雅紀、落ち着いて。都倉の顔を見てごらん」 藤堂に言われて、雅紀は暁の顔をのぞきこんだ。 「あ……」 藤堂は微笑んで、雅紀の肩をポンポンと叩き 「な?穏やかな寝顔だろう。何かいい夢でも見ているのかな。幸せそうな顔しているよ。熱も心配するほどじゃないし、都倉は大丈夫だ。さ、深呼吸して、雅紀。君の方が死にそうな顔しているからね」 雅紀は身体を起こし、深く息を吸い込み吐き出した。 「都倉の傷はもう回復に向かってる。熱が出るのは体力が落ちているからだろう」

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