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時の迷路5

暁はますます顔を険しくして 「何か変なことされたのか?!」 「や、なにもっ…」 「何もされてないって顔じゃないだろう。何をされたんだ?正直に言え」 「いえっ、ただ、腕を掴まれて、その…」 「やっぱり口説かれたんだな?まったく油断も隙もない。それで、きっぱり拒絶したのか?迷惑ですって」 雅紀は、暁のあまりの剣幕に、たじたじになりながら目を泳がせ 「や、迷惑だなんて……そんな言い方は…」 「何を言ってるんだっ。それくらいハッキリ言わないと、あの人には通じないぞっ」 「……っ」 怒鳴られて雅紀は首をすくめた。暁ははっと我に返り 「あ……あ、すまない。……怒鳴って悪かった」 雅紀は首を横にふり、曖昧に微笑んで 「いえ、大丈夫です。あの……秋音さん、俺、藤堂さんにはちゃんと……断りましたよ。貴方の気持ちには応えられないって。他に好きな人がいるからって」 雅紀の一言に暁は息をのんだ。 「……っ。いるのか?好きな人が」 「はい」 「恋人……か?付き合ってるのか?」 雅紀は照れたように微笑んで、暁から目を逸らした。 「うん。恋人です。事情があってすごく……遠い所にいるけど。でも大好きで。大切な人で。だから、その人以外は考えられないって…」 その相手のことを思い浮かべているのだろう。雅紀はふんわりと幸せそうな顔をしている。暁はその横顔を見ていられなくて目を逸らした。 「……そうか……。恋人がいるのか。……それなら……余計なお節介だったな」 雅紀は首をふり 「いえ。心配してくれてありがとうございます、秋音さん。でも俺は……大丈夫ですから」 「ああ……そうだよな…」 雅紀はにこっと笑うと、マグカップを持ち上げてコーヒーをすすりながら、またパソコンの画面をのぞきこんだ。 暁は、動揺を顔に出さないようにするのが精一杯だった。 ……そうか……。恋人が……いるのか。恋人が……。 自分にくっついて仙台まで旅行に来たり、入院に付き添ってくれたりしていたので、雅紀には特定の恋人はいないのだと思っていた。 そういえば昔から、雅紀が付き合っている女性というのを見たことがない。だから何となく、そういうことには奥手なんだと思い込んでいたのだ。でもよく考えてみれば、雅紀は28歳だ。恋人がいたって少しもおかしくはない。 予想以上の衝撃だった。雅紀があんな柔らかい表情で、想い浮かべる相手がいるなんて…。 「今日は頭痛、しませんか?」 「ん?あ……ああ。大丈夫だ。何ともない」 「でも、あまり無理しちゃダメですよ。せっかく怪我、治ってきてるんですから」 「……ああ。そうだな……。それじゃあ、部屋に戻って少し横になるかな」 雅紀は嬉しそうに微笑んで 「そうしてください。お昼は昨日のカレーが残ってるんで、昼飯の時間になったら呼びますから。それまでは大人しく寝ててくださいね」 無邪気すぎるその笑顔を、暁は黙ってじっと見つめた。ショックが大き過ぎて、気持ちが切り替えられない。 何か言いたげに自分を見ている暁の様子に、雅紀は不思議そうに首を傾げた。 「あの……秋音さん……?」 「……っ。部屋に戻る」 暁は言いたいことを飲み込んで立ち上がると、手を貸そうとする雅紀を制して 「いい。おまえも少しはゆっくりしていろ」 そう言い置いて、リビングを後にした。 部屋に戻り、へたりこむようにベッドに腰をおろした。恋人がいると言った時の雅紀の幸せそうな顔が、頭から離れない。 どんな女性なのか、いつ頃から付き合っているのか、もしかして結婚も考えているのか。 いろいろ聞いてみたいことはあったが、言葉が出て来なかった。 あんな顔を見てしまったら、その相手をどれだけ大切に想っているかなんて、聞かなくても分かる。 ……好きだと自覚した途端に、失恋なのか……。 昨日、雅紀を抱いている夢を見てから、ずっと彼のことばかり考えてしまっていた。 そもそもが男同士なのだ。 打ち明けることも出来ない恋だとわかってはいたが、まさかこんな形で、思い知らされるとは……。 ……いや……。これでよかったんだ。俺がとち狂って馬鹿なことをしでかして、雅紀の信頼を裏切るようなことになる前に終わってくれて…。 胸にぽっかりと開いてしまった穴を埋めるには、かなり時間がかかりそうな気がするが、雅紀に嫌われるよりはいい。 暁は深く息を吐き出すと、ベッドに横になり布団を頭から被って、目を閉じた。 「お帰りなさい。藤堂さんっ」 帰宅してリビングに顔を出した藤堂に、雅紀はキッチンから出て声をかけた。 「ただいま。いやぁ、いいね、おかえりって出迎えてくれる人がいるってのは」 藤堂は上機嫌で、上着を脱いでネクタイをゆるめると、部屋の中を見回して 「あれ、都倉は?部屋で寝てるのかい?」 「あーはい。午後はそっちでずっとパソコンいじってたんですけど、少し疲れたって言って部屋に戻りました」

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