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時の迷路6

「ふうん……。ね、雅紀。今日は1日中都倉とここにいたんだろう?あいつに何か言われたり、されたりしてないかい?」 藤堂の質問に、雅紀はきょとんとして 「え。何かって……何をですか?」 まったく心当たりのなさそうな雅紀に、藤堂は笑って首をふり 「いや、分からないならいいんだ。それよりいい匂いだねー。夕飯は何だい?」 藤堂はくんくんと鼻をうごめかせる。雅紀はふふ…と照れくさそうに笑って 「藤堂さん、和食がお好きみたいなんで、肉じゃがを……作ってみました」 「お。その顔だとかなり期待出来そうだな」 「うん……どうかなあ……。一応失敗はしなかったけど、藤堂さんのお口に合うかどうかは、分かんないです」 「いやいや。きっと美味いよ。あ、それからね、雅紀。出来たら藤堂さんじゃなくて、名前の方で呼んでくれるかい?俺の名前、分かるよね」 楽しそうに顔をのぞきこまれ、雅紀は一歩さがって悩み顔になり 「え……でもそれは…」 「いいだろう?別に名前で呼ぶぐらい。なにもキスしてくれって言ってるわけじゃないんだし。あ、それともキスしてくれるのかい?」 雅紀は顔を赤くして、首をぶんぶん横にふり 「やっ、しませんっ。あの、じゃあ名前で呼びますっ。えっと……。か……薫……さん?」 藤堂は満足そうに笑うと 「うん。いいね。雅紀が名前を呼んでくれると、俺の名前が特別なものになったような気がするよ」 雅紀は困ったように眉をさげて 「俺っ、昨日も言ったけど…」 「分かってるよ。勘違いはしてないから安心して」 藤堂はみなまで言わせず遮ると 「君の心は彼氏のものだ。今はね」 自信たっぷりに切り返してくる藤堂に、何を言っても無駄な気がする。雅紀は反論を諦めて目を伏せた。 藤堂は暁の記憶が戻るまでの期間限定で口説くと言ったが、暁の怪我がある程度治ったら、どうせ自分はもうここには居ないのだ。 怪我が完治して自由に動けるようになったら、暁は向こうに戻って、犯人に危険な接触を試みようとするだろう。そうなる前に、自分が貴弘に会って、なんとしても暁へ危害をくわえるのを止めてもらわなければ。 「雅紀、どうかしたかい?」 藤堂に顔をのぞきこまれ、雅紀ははっとして 「ううん。じゃあ夕飯の支度しますね、俺」 「あ、雅紀、それと都倉のことだけどね、やっぱり俺は話した方がいいと…」 ふいにドアが開いて、暁が姿を現した。 「おかえりなさい。藤堂社長。お疲れさまです」 「あ、ああ、ただいま。寝てたんじゃないのか?」 「いえ。目が疲れたので少し休ませていただけです」 キッチンにぱたぱたと戻っていく雅紀の後ろ姿を目で追ってから、暁は藤堂の顔を見て 「どうですか?コンペのデザインの進捗状況は」 藤堂は笑って頷くと、リビングのソファーの方に向かいながら 「資料とデータは見てくれたらしいな。早速ちょっと意見を聞かせて欲しいね」 暁は頷いて藤堂の後に続き、2人はリビングでパソコンを見ながら話し込み始めた。 夕食は、肉じゃがの他に、温野菜のサラダと、大根と人参と豆腐の味噌汁も作った。献立は暁が考えてくれて、昼食後にマンションの近くのスーパーに、雅紀が材料を買いに行った。 暁は一緒にキッチンについていてくれて、材料の切り方から教えてくれた。たどたどしく包丁を使う雅紀にひやひやしながらも、急かしたりはせず、包丁の持ち方から、辛抱強く教えてくれた。 1日中、雅紀はふあふあと幸せだった。暁が側にいて、以前の約束通り料理を教えてくれたのだ。たとえ本人はそんな約束、覚えていないとしても。 一緒にいられる今を、一瞬一瞬大切に過ごしたい。暁と過ごす時間の全てを記憶にしっかりと刻む。遠くに離れてしまっても、2度と会うことが出来なくなっても、いつでも暁を思い出すことが出来るように…。 一方で暁の方は、一日中、雅紀の行動に一喜一憂していた。 雅紀を好きだと自覚した途端、今までそんな風に意識していなかった彼の表情や仕草が、いちいち眩しくって仕方がない。 雅紀がかなり整った美形なのは知っていたつもりだったのに、改めて見ると本当に綺麗で可愛くて見惚れてしまう。 無邪気に笑う顔。おたおたする顔。しくじって凹む顔。褒められて照れる顔。 今まで彼のどこを見ていたんだと、自分に突っ込みたくなるくらい、どの表情も新鮮で、何度もドキリとさせられた。 無防備に身を寄せてくれるのが、嬉しいのに切ない。 折りをみて何度か、雅紀に恋人のことを聞いてみようとした。 せめて、将来まで約束した相手なのかが知りたかったが、もしそれを聞いて無邪気にノロケられたら、ショックで寝込みそうな気がして、怖くて言い出せない。 ……初めて恋をした中学生か、俺は 気持ちの浮き沈みにおたおたしている自分に、心の中で舌打ちしていた。 結婚までした詩織との付き合い始めだって、こんなにドキドキしたことはない。

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