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時の迷路7
初めて経験する感情の揺れ動きに戸惑いつつも、雅紀と2人きりで過ごす時間はすごく楽しかった。
最初から失恋確定のせつない恋ではあるが、だからこそ、今一緒に過ごせる一瞬一瞬を大切にしたい。
雅紀はいずれ、恋人の元へ戻っていくのだろう。
男の自分にそれを引き止めるすべはない。
せめて、今まで通り信頼され尊敬される先輩として、雅紀の記憶に残る存在でいたい。
……などと建前上は綺麗事を並べつつ、雅紀がちょっと近過ぎる位置にいるだけで、内心ドキドキしてしまい、動揺を押し隠して時を過ごした。
「夕飯、準備出来ましたよ」
すっかり話し込んでいた2人は、雅紀の嬉しそうな声で顔をあげた。
「お。ありがとう。じゃあご馳走になるかな」
藤堂はそう言って立ち上がり、ダイニングに向かった。暁は満面の笑顔を向けてくる雅紀に、ちょっと眩しそうに目を細めて微笑み
「ご苦労さん」
立ち上がると、何気なく頭をぽんぽんと撫でた。
途端に、笑っていた雅紀がはっとした表情になり、目を見開いてまじまじと暁を見つめた。その眼差しに、何故か切なさが滲んでいる気がして、暁は焦り
「あ、悪い、つい…」
いくら後輩とはいえ、頭を撫でるなんて失礼だったかと、慌てて謝る暁に、雅紀は目を潤ませて首をふり
「いいんです。嬉しかったからっ。さ、秋音さんも食べてください」
くるりと背を向け、ぱたぱたと食卓の方へ行ってしまった。
……嬉しかった……って……あんな顔してか?
暁はわけが分からず首を傾げながら、雅紀の後に続く。先に食卓についていた藤堂は、そんな2人を苦笑しながら眺めていた。
話上手な藤堂の会社での話などを聞きながらの、賑やかな夕食になった。藤堂は雅紀の作った肉じゃががかなり気に入った様子で、しきりに感心している。
「肉じゃが自体、久しぶりに食べたけど、他で食べるのとはひと味ちがうね」
雅紀は照れくさそうにしながら、じゃがいもをひと口頬張ってみて
「これ、材料を切ってから一度素揚げしてるんです。そうするとコクが出るって、秋音さんに教えてもらって」
「ふうん……なるほどね。都倉は見かけによらず、料理が上手いんだな」
暁は苦笑いしながら、味噌汁をすすって
「見かけによらずは一言余計ですよ。まあ、俺の場合は必要に迫られてですかね。母親が仕事忙しかったんで、中学の頃から飯は自分で作っていたし」
「ああ、そうだったな。雅紀は向こうでは実家住まいかな」
「……いえ。勤め先からだいぶ離れてるので、アパートで独り暮らししてました」
藤堂はちょっと驚いて
「独り暮らしなのか?」
雅紀は恨めしそうに藤堂を見て、唇を尖らせた。
「その割にはおまえ料理出来ないなって、今思いましたよね?とう……薫さん」
雅紀が言い直した藤堂の呼び名に、暁はぴくっと眉をあげ、藤堂の顔を見た。藤堂はどや顔してみせて
「いやいや、思ってないよ。雅紀はなんとなく、独り暮らしってイメージじゃないなあっと思っただけだ」
暁のむすっとした顔に、雅紀はまったく気づかず、ふくれっ面で藤堂を睨み
「うーん……。それってどう受け止めたらいいのかな……。絶対に褒めてないですよね」
「けなしてもいないよ。なんだろうな、箱入り息子って…感じかな?」
「……それ、なんかすごーく嫌です、俺」
「だから要するに可愛いってことだよ」
雅紀は嫌そうに顔をしかめ
「いや、全然繋がってないし。ってか俺、明らかにバカにされてますよね?」
藤堂と雅紀はいつの間にか名前で呼び合い、まるでじゃれるみたいに楽しそうに、言葉の応酬をしあっている。暁は憮然として、2人から目を逸らした。
自分と話している時より、雅紀の口調がくだけているのが気に入らない。それに、自分と過ごしている時より、表情が明るい気がする。
だいたい、下心ありありの相手に、あんな親しそうな態度はダメだろう。名字じゃなく社長と呼べと言ったはずなのに、名前で呼ぶなんてもっての他だ。
暁は心の中でぶつぶつと愚痴りながら、黙々と食事をしていた。
「……なあ、都倉。おまえもそう思うだろう?」
ふいに自分に話題をふられて、暁ははたっとして藤堂の顔を見た。
「え……?」
愚痴に夢中になっていて、話をまったく聞いていなかった。藤堂は笑いをかみ殺して
「なんだ。聞いてなかったのか」
「あ……すみません。ちょっと考え事していて…」
「雅紀の恋人は幸せ者だなって言ってたんだよ。美人な上に献身的で優しい。一緒にいたら心が和む。おまえもそう思うだろう?」
暁はちらっと雅紀を見た。藤堂にからかわれて、雅紀の顔が赤くなっている。
「あ……ああ、そうですね。きっと……幸せ者だ」
暁の返事に雅紀はますます赤くなって、ふるふると首を横にふった。
「そういえばおまえ、恋人がいるんだよな。どこで知り合ったんだ?向こうか?」
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