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第49章 過去からのいざない1

それを放り出して、連絡もなしに、いつまでも羽根を伸ばしているとは考えにくかった。 雅紀はそういうことが出来る性格じゃない。 ……何か……あったのか……? 暁は眉を寄せたまま、テーブルの上のスマホに手を伸ばした。ラインを開けて、雅紀のページを開いてみる。 ーどうした?今どこにいる? 文字を打って、少し躊躇ってから送信した。 既読はつかない。しばらく画面を見つめていたが、既読も返事もない。 ……電話した方がよかったのか? そう思って電話帳を開こうとしたら、既読がついた。返事が来るかとそのまま待つ。5分待っても10分待っても返事は来なかった。 既読無視にむっとするよりも、なんだか奇妙な感覚に襲われた。 ……以前にもこんなことが、あったような気がする。 暁はスマホから顔をあげ、目を泳がせた。 頭の中を一瞬かすめた映像。消えかけていくその記憶を、なんとか引き戻そうと目を瞑る。 真っ青な顔。虚ろな瞳。頬がこけ、目ばかりが大きくて、酷い怯えを滲ませている。 『ごめなさい……あき……さ……あいたか…た……顔見るだけ……でいいから…』 たどたどしく紡ぐ言葉。 この顔は……この声は…… 「……っ!……雅紀…っ」 暁は思わず叫んで目を開けた。 ……なんだ?今のは……何なんだ?…っ。俺の記憶……か?消えてしまった俺の記憶……? 暁はがたっと立ち上がった。その拍子に怪我した指を思わず打ち付け、ずきっと痛みが走る。 でもそんなことに構ってる場合じゃない。 スマホを見る。電話帳の雅紀のページ。 急いでダイヤルをタップした。 呼出音が鳴り響く。 ……出ない。留守電に切り替わった。 暁は何度もかけ直した。 その度に同じことの繰り返しだ。 「なんで、出ないんだっ」 いても立ってもいられず、電話をかけながらリビングを飛び出した。 嫌な胸騒ぎがする。 雅紀が自分を呼んでいる気がするのだ。 玄関まで行って、はたっと立ち止まった。 ここを飛び出して、どこに行く? 雅紀がどこにいるのかなんて分からない。 やみくもに飛び出しても、雅紀には会えない。 でも、何度かけても、雅紀は電話に出ない。 「くそっ!」 暁は玄関のドアをダンっと叩いた。 ……落ち着け。落ち着いて、よく考えるんだ。さっきの情景が本当に俺の記憶の断片ならば、抜け落ちた時間の中で何かがあったんだ。雅紀と出会ってから仙台に来るまでの間に……。 暁ははっと息を飲んだ。その期間の自分と雅紀のことを、詳しく知っている人物がいるとすれば…… 暁はスマホの電話帳を開いた。 自分の身体を抱き締めるような形で、震えが治まるのを待って、どのくらい時間が過ぎたのだろう。 がんがんと鳴り響くような頭痛と酷い吐き気は、少しずつ消えていった。でも、震えは止まらない。怖くて顔があげられない。 ……戻らなくちゃ……。今……何時だろ……?暁さん、きっと心配してる……。戻って……昼飯作んないと……。 頭では冷静にそう考えているつもりなのに、身体が言うことをきかない。 ここから立ち上がり、暁のいる藤堂のマンションに帰る。地下鉄は無理だ。元彼にまた偶然遭遇するとは思えないが、他の人間にも会う可能性がある。 ……タクシーで……。そうだ、タクシーなら……。 雅紀は恐る恐る顔をあげ、立ち上がろうとした。 いつの間にか、手から滑り落ちていたスマホが、足元に転がっているのに気づいて、慌てて拾い上げる。 マナーモードにしていたスマホに、ラインの通知があった。 ……っ。暁さんだっ 雅紀は急いでラインの暁のページを開いた。 ーどうした?今どこにいる? 雅紀はまだ震えの止まらない指先で、返事を打とうとした。 元彼に偶然会ってしまって駅まで逃げてきたこと。 地下鉄は怖くて使えないからタクシーで帰ること。 何度も間違えながら途中まで打って、ピタッと指が止まった。 そうだった。今ラインを送ろうとしている相手は、暁じゃない。暁の記憶を持たない秋音だ。 何回も逡巡しながら、やっとの思いで暁に打ち明けた自分の忌まわしい過去。その全てを、今の暁は知らない。自分を守りたいと言ってくれた暁は、記憶と一緒に消えてしまった……。 「……っ」 張りつめた心の糸が、ぷつんと音をたてて切れた。雅紀の目から涙が溢れ出す。 ……帰らなきゃ……。ここにいちゃダメだ……。俺がいていいのはここじゃない……。 「あの、大丈夫ですか?」 ふいに声をかけられて、雅紀はびくっとして見上げた。様子のおかしい雅紀が気になったのか、年配の女性が心配げに自分を見おろしている。 「だ……だいじょうぶ、です。すみません」 雅紀は慌てて袖で涙を拭い、立ち上がった。まだ心配そうに自分を見ている女性に頭を下げると、くるりと背を向け歩き出した。 『おお。暁か。どうした急に。もしかして記憶が戻ったのか?』 「いえ、それはまだ。それで、田澤さん、ちょっとあなたにお聞きしたいことがあるんです。実は雅紀が…」

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