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過去からのいざない3
『やっぱいいよなあ。彼シャツ。そのだぼだぼな感じがさぁ』
明るく笑う暁の声が、頭の中にこだまする。
雅紀は泣きながら思わず笑って、暁のシャツをもう1度ぎゅうっと抱き締めた。
「貴方に出逢えて……俺、ほんと幸せだったなぁ……。ね、暁さん。これ、思い出に俺にくださいね」
雅紀はシャツをたたんで、テーブルに置いてあるビニール袋に入れた。自分もお返しに何か置いて行きたいが、財布とスマホとキーケース以外に、何も持たずにマンションを出てきてしまった。そういえば……仙台で暁の為に買った本とスコーンは、何処かに忘れてきてしまったらしい。
雅紀は最後にゆっくりと部屋を見回してから、深々と頭をさげ、アパートを後にした。
『………君から連絡をもらえて嬉しいよ。今どこだい?……そうか。こちらに戻ってきていたんだね。………………ああ。そのことなら大丈夫。君の気持ちはちゃんと分かっているから。気にしなくていいよ。……もちろん。会うのは構わないよ。君の都合のいい日を連絡してくれ。……ああ、分かった。じゃあ、連絡を待ってる』
『………え?中止?それはまたどうして?………ふうん。なるほどね。でも随分急な話ですね。どんな心境の変化かな。………ま、あなたが言う通りなら、僕の出る幕はありませんね。よかったじゃないですか。………分かりました。また状況が変わったら連絡ください。では…』
「まだ帰っていないのか?」
ドアを開けるなり、藤堂は玄関まで出迎えた暁にそう聞いた。雅紀が姿を消したという暁からの電話で、仕事を早めに切り上げて帰宅した。
暁は焦燥感と疲れをにじませた顔で頷くと、
「藤堂さん。あなたはご存知ないですか?雅紀が昔、こっちでトラブルに巻き込まれた時のことを」
藤堂はリビングに向かいながら首をふり
「いや。うちを辞める時、かなり急な話だったから、雅紀に確認したんだがね。ちょっと事情があって、としか教えてくれなかったんだ」
藤堂の後に続きながら、暁はがくりと肩を落とした。
「そうですか……」
藤堂は上着を脱いでネクタイを緩め
「田澤さんと話をしたんだろう?彼はご存知ないのか?」
「いえ。内容については全く」
「買い物に行くと言って出掛けたんだな?その時は雅紀におかしな様子は…」
「なかったんです。全然。食材を買うついでに、俺が頼んだ雑誌を本屋に見に行くと言って。財布とスマホぐらいしか持っていっていない」
「連絡も取れないんだね?」
「はい。俺が送ったラインは最初は既読がついたけど返事はなくて、電話は何度かけても通じない」
「意図的に無視しているのか、それとも出られない状態なのか……。もう一度聞くが、出掛けに何か言い合いになったりはしてないんだな?」
「……俺も何度も考えました。何か不用意に雅紀を傷つけたりしなかったかと。でも全く心当たりがないんです。昼飯と夕飯の献立を一緒に考えて、足りない食材をメモしていたくらいで…」
藤堂はどさりとソファーに腰をおろすと、腕を組んで唸った。
「そうすると、街中に出て行って、突発的な何かが起きたか……。それとも……ひょっとしたら、向こうへ帰ってしまったのかもしれないな」
暁は、身を乗り出して
「帰った?!何か心当たりがあるんですか?」
藤堂は暁をじっと見つめて
「雅紀が前に言っていたんだよ。向こうでやり残したことがあるから、俺の事務所には来れないと」
「やり残したこと……?仕事……ですか?」
藤堂は難しい表情になって首を傾げ
「分からない。だがそれを言い出した時の、雅紀の思い詰めたような目がどうにも気になってね。後でもう少し探りを入れるつもりだったんだ」
「思い詰めた目……」
「ああ。ややこしいことで時間はかかるけど、どうしてもやらないと安心出来ない。絶対にやらなくちゃいけない。そう言っていたんだ。くそっ。もっと詳しく聞いておくべきだったな」
「……藤堂さん。雅紀と俺が恋人だったこと……貴方もご存知だったんですよね?」
藤堂は目を見開き
「……田澤さんから聞いたのか?」
「はい。やっぱり……ご存知だったんですね。雅紀に口止めされて?」
「ああ。俺は話すべきだと言ったがね。おまえ、雅紀がゲイだと全く気づいてなかったろう?だから言えなかったみたいだな。自分がゲイで、しかもおまえと恋人だった……なんてな」
暁はため息をつき、頭を抱えた。
「言ってくれれば良かった。俺はそれ、一番に知るべきだったのに」
「責めるなよ。おまえを混乱させたくないと、だいぶ悩んでいたんだからな」
「分かってます。責めたりなんかしない。俺は自分に腹立ててるんですよ。こんな大事なこと、すっかり忘れ果てていた自分の頭に」
「それこそ責めるな。事故のせいだ。おまえが悪いんじゃない」
「俺はあいつのどこを見ていたんでしょうね」
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