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過去からのいざない4

「雅紀がゲイだってこと、全然気づかなかった。俺の無神経な言葉に、あいつはきっと傷ついていたはずです」 「雅紀は、昔からおまえのことが好きだったんだよ。傍で見ていて羨ましいくらいね。でもおまえには気づかれないように、必死で隠していた。だから、おまえと恋人になれてすごく幸せそうだった」 「なら尚更苦しかったはずだ。薄情な恋人の側にいて。それなのにあいつ、ずっと笑っていた。辛いなんて顔、すこしも見せないで…」 「なあ、都倉。落ち込んでいる場合じゃないぞ。早く雅紀を探し出さないと」 「探すって一体どこを?こっちで何かあったのなら、手掛かりが全くない」 暁は悲痛な声で呟き、テーブルに手をついて項垂れた。藤堂も険しい表情で考え込む。しばらく重苦しい沈黙が続いた。 「とにかく、向こうへ帰った可能性があるなら、田澤さんにもう一度連絡してみます」 「ああ、そうだな。田澤さんは人探しのプロだ。手掛かりをつかむ方法があるかもしれない」 暁は頷くと、スマホで田澤に電話をかけ始めた。 自分のアパートに戻るのは、本当に久しぶりだ。 貴弘のストーカーが怖くて、暁のアパートにずっと匿ってもらっていたから。 ベッドの上には、枯れてミイラみたいになった薔薇の花束が、そのまま置きっぱなしになっていた。雅紀はぞっとして、なるべくそれを見ないようにしながら、掛布団のカバーごとゴミ袋に突っ込んだ。 部屋の空気を入れ換える為に、ベランダのサッシや窓を全て開け放つ。 こもっていた重たい空気が消えて、窓を全部閉めると、やっとほっとしてソファーに腰をおろす。 なんだか身体がだるくて仕方ない。 そのまま、ごろんと横になってしまいたかったが、その前にしなければならないことがある。 雅紀はスマホをポケットから取り出した。 さっき電話をかける為に、恐る恐る電源を入れた。 暁から何度も電話がきていた。 ラインのメッセージもだ。 自分を心配してくれているのが分かって、胸が押し潰されそうに苦しくなった。 ラインの暁のページを開いてみる。 未読のメッセージが何件もあった。 読み進める雅紀の顔が、青ざめ強ばっていく。 ー田澤さんから話を聞いた。 ー雅紀、おまえと話がしたい。 ーラインの文字だけじゃ、俺の気持ちは正確に伝わらない。 ー直接話がしたいんだ。 ー頼むから電話に出てくれ。 ……田澤さんから話を聞いたって……。どこまで? 俺がゲイだってこと? それとも恋人だったことまで? もし全て明かされたのだとしたら、暁はどんなにショックを受けただろう。 自身ストレートで、雅紀のこともそうだと思い込んでいた暁が……。 昼間に襲われたパニックの時のような、酷い頭痛がし始めた。雅紀は顔を歪め、乱れ始めた呼吸を深呼吸して必死に整えると、暁に電話をかけた。 『雅紀かっ?』 呼出音が2回鳴る前に、暁が電話に出た。雅紀は苦しくなる胸を押さえながら 「ごめんなさい……秋音さん……」 『今、どこだ?仙台にいるのか?』 「ごめんなさい……俺……」 『雅紀。謝らなくていい。今、どこにいるんだ?』 「自分の……アパートに」 電話口から暁のほっとしたようなため息が聞こえた。 『そうか。こっちで何かトラブルに巻き込まれたわけじゃないんだな』 「俺……昼飯……作らなくて……秋音さん困った、でしょう?ごめ……なさ…」 『馬鹿だな、そんなこと気にするな。それより、おまえ無事なんだな?そっちへは、自分の意思で帰ったんだな?』 「……はい……ちょっと……急用……思い出して…」 『連絡取れないから焦った。おまえが無事でよかった』 電話口の暁の声が優しくて、雅紀は泣きたくなった。 「あの……秋音さん……。田澤……さんから話、聞いたって…」 『ああ。おまえに口止めされてるからと、なかなか話してくれなかったんだけどな。無理矢理、聞き出した』 「全部……?」 『田澤さんが知っていることはな』 「……っ。ごめっなさい」 『なんで謝るんだよ。俺はショックなんか受けてないぞ』 「え……」 『いや。もちろん驚いたさ。そんな大事なこと、忘れてしまっていた自分に、ショックだった。雅紀。俺の方こそすまない。おまえ、辛かったろう?』 「……っ」 『薄情な恋人だよな。大事なおまえのこと、忘れるなんてな。知らずにおまえがこと、いっぱい傷つけていたんだろう?本当にすまなかった』 雅紀はぼろぼろ泣きながら、首を横にふり 「嫌じゃ、ない、ですか?おれ……俺と、そんな関係……だった、なんて」 『嫌なわけ、ないだろう?嬉しいよ。おまえ、急に帰ってしまうから言い損ねたけどな。俺は記憶をなくしても、おまえのことが好きみたいだぞ』 「え……」 『おまえがそういうの嫌がると思っていたから、悩んでいた。俺はおまえが好きだよ、雅紀』 「秋音、さん……?」 なんだろう。今、信じられない言葉を聞いた気がする……。

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