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紡ぐ言の葉。繋ぐ想い4
ーそうか。それは楽しみだ。○○駅には22:30位に着くからな。それまでそこでゆっくりさせてもらえよ。
ーはい。待ってます。
ほどなくして、おばさんの心づくしの料理が運ばれてきた。どの器の中身もほっこりと美味しそうで、思わず笑顔になる。
「雅紀くんの笑顔はほんとにいいわね~。周りの人を幸せにする笑顔ね」
おばさんがしみじみとそう言った。雅紀は顔をあげて首を傾げ
「幸せにする……?」
「そうよ。例えば私。自分が作った料理をそんな風に愛おしそうに見てくれて、にっこり微笑んでくれて。あー作ってよかった~って幸せな気持ちになれるわ。もっと美味しいもの作って、またその笑顔が見たいわってね」
雅紀はまた火照り始めた頬を手で押さえ、照れくさそうに笑って
「嬉しいです。俺の顔見て、幸せになってもらえるなんて」
「暁はきっと、その笑顔に一番魅了されてるくちね。ところであの子、記憶は……まだ?」
「……はい。少しずつ断片的には、戻ってきてるみたいですけど……」
「そう。きっと仕舞い込んだ記憶の引き出し方が、分からなくなっているだけね。大切なものだから、余計に奥の方に仕舞っちゃったのね。あらあら。おしゃべりしてたら、冷めちゃうわ。さ、どうぞ召し上がれ」
おばさんは茶目っ気たっぷりに片目を瞑ると、ごゆっくり…と言って部屋を出て行った。
やっぱりこのお店はいい。料理が美味しいのはもちろんだが、早瀬夫妻の人柄の温かさが店全体を包んでいるようで、心からほっと寛げる。
暁の記憶にしても、大切なものだから、奥の方に仕舞い込んでしまっただけ。そんな考え方が出来る、おばさんのおおらかな優しさが嬉しい。
雅紀は両手を合わせていただきますをすると、箸を取り食べ始めた。
東京駅で乗り換え、○○駅に着くと、暁はもじまるに電話をかけた。おばさんが出て、雅紀くんは奥の離れの座敷で食事した後、スマホを握り締めて眠ってしまったと教えてくれた。一人で店に行くから起こさないでくれと告げて、道順を教えてもらって電話を切る。
駅の脇のコンビニを通り過ぎる時、何となく気になって入口を振り返って見た。もやもやとしてはっきりしないが、自分は確かにこの場所を知っている。そんな気がした。
教えられた道のりを急ぐ。もうすぐ雅紀に会える。やたらとドキドキしている自分がいて、なんだか照れくさい。
雅紀が写真を撮って送ってくれた、もじまるの看板が見えた。入口に歩み寄り、引き戸を開ける。
早瀬のおばさんがにこにこしながら出迎えてくれた。暁は店の中をぐるりと見回してみる。
「おかえり。暁さん」
「ああ。ただいま。やっぱりだ。俺はここを覚えていますよ。間違いない。おばさん、入院中は面倒をかけました。ありがとう」
おばさんは嬉しそうに頷いて
「雅紀くんはこの奥よ。疲れた顔をしていたから、起こさないように、そっとしておいたわ。早く行っておあげなさい」
暁はおばさんに微笑むと、焼き場のおじさんにもただいまと挨拶してから、奥の離れの座敷に行き、静かに襖を開けた。
雅紀は座布団を枕に横になっていて、おばさんが掛けてくれたのだろう、ピンクの花模様のタオルケットにくるまって、すやすやと眠っていた。年よりもかなり幼く見える、あどけない寝顔だ。
無事に会えた……。
暁はほっと胸をなでおろし、そ~っと襖を閉めると、ゆっくり雅紀に近づいていく。
雅紀の横に、音をたてないように腰をおろし、その健やかな寝顔を見つめる。
ふいに、なんとも言えない愛おしさが込み上げてきて、涙腺がゆるみかけた。
暁は慌てて瞬きすると、手を伸ばしてそっと、その柔らかそうな髪の毛に触れる。
さわさわと優しく撫でてみた。
この髪の毛の感触も、自分は知っている。
今、胸に込み上げてきた愛しいという気持ちも、自分は知っている。
いや……。覚えている。
ふあふあと柔らかくて優しい夢を見ていた。ここはどんな場所より安全で安心な所だ。意識のどこかで起きなくちゃ…と思いながら、心地よい微睡みを手放せない。さわさわと髪の毛を撫でていく風も柔らかくて暖かい。
……風……?……ちがう。この感触は、風じゃなくて……。
ゆっくりと微睡みを手放し、覚醒していく。
……気持ちいいな……。まるで暁さんの手、みたいだ。
前にもこんな風に思って目を開けたら、暁が頭を撫でてくれていたことがある。
雅紀はパチッと目を開けて、自分を見ている目を見返した。そのまま数秒固まっていると、その目が優しく細められた。
「おはよう。雅紀」
雅紀は驚いて目を大きく見張ったまま、口をぱくぱくさせた。暁は吹き出して
「おまえ、寝ぼけているだろう。そんなに見開いていると、目が零れ落ちるぞ」
雅紀はいったん口を閉じてごくんと唾を飲み込むと
「あき……と……さん……?」
「ああ。俺だ。おまえ、あんまり気持ち良さそうに眠っているから、起こすのが可哀想だった」
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