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ふたりの君5

「これはまた……随分可愛い車だな…」 雅紀の案内で駐車場に着くと、秋音は自分の車を見て目を丸くした。雅紀はくすくす笑って 「俺も、最初見た時そう思いました。暁さん、意外と可愛いもの好きなのかもって」 秋音は助手席のドアを開けて、大きな身体を恐る恐る中に滑りこませると 「ふうん。思ったより中は結構ゆったりしている」 「うん。天井が高いんですよね」 雅紀は運転席に乗り込んで、秋音が持っていたキーでエンジンをかけた。 「おまえ、車の運転、出来るんだな」 「あー。一応これでも会社で営業やってましたから。ただ……あんま得意じゃないんで、乗り心地は良くないかも」 暁の体格に合わせてあったシートやミラーを調整して、車をスタートさせる。 「会社はどうして辞めたんだ?」 「えと……。ちょっといろいろ、あって」 「人間関係か」 「まあ、そんなとこ……かな。いい先輩もいたし、仕事はそれなりに面白くなってきてはいたんですけどね。かなり納得のいかないことが起きて……それで」 「なるほどな。じゃあ、藤堂さんの所に行くまでは、バイトでもして繋ぐのか?」 「んー……。そうですね。金稼がないと生きてけないし、とりあえず、どっかバイト探します」 「それなら田澤さんに紹介してもらえ。あの人なら人脈もありそうだ。きっと力になってくれるだろう」 「そう……ですね。うん。そうします」 雅紀の横顔が妙に強ばっている。このあたりもどうやら、あまり触れられたくない部分らしい。秋音は今はそれ以上突っ込むのを止めて、話題を変えた。 「記憶喪失ってのは不思議だな。自分の名乗っていた名前すら忘れているのに、電車の乗り方や料理の仕方なんかは覚えている」 「あー……。それ、前に本で読んだことありますよ。自分に関する記憶は失っても、社会的な記憶は覚えてることが多いって。でもいろいろなケースがあるみたいですね。秋音さんの場合は、暁さんの時の数年間だけ忘れてる状態だし」 「時々、ふっと頭に情景が浮かぶんだ。デジャブみたいな感じでな。駅のコンビニもそうだったが、もじまるに行った時もだ。だが……もやもやしていて掴めそうで掴めない。なんとも……もどかしいな」 「もじまるのおばさんが言ってました。秋音さんは、記憶の引き出し方が分からなくなっちゃってるだけだって。きっと大切な記憶だから、余計に奥の方にしまい込んじゃったんだろうって」 秋音はふ…っと微笑んで 「いい人だな。優しくて暖かくて懐が深い」 雅紀も微笑んで頷いた。 「うん。ほんと。秋音さんの周りは、いい人がいっぱいですよ。俺、秋音さんと出逢えて幸せです。たくさん優しさを分けてもらえた」 「なあ、雅紀。おまえのこと、俺は知っているようで知らないな。おまえが話したくないことを、無理に聞き出すつもりはない。だが、悩んでいたり苦しいことがあるなら話してくれ。おまえの心に重い荷物があるなら、俺にも半分持たせろ」 雅紀ははっとしたように秋音を見て 「同じだ……。やっぱり秋音さんと暁さんって。暁さんも以前、俺に同じこと言ってくれました」 嬉しそうな雅紀の言葉に、秋音はちょっと複雑そうに顔をしかめた。 「どうにも……癪にさわるな、暁ってヤツは。全部俺の先回りか」 「ふふ……。だって自分じゃないですか」 「いや。おまえの話を聞く限りでは、暁ってヤツはかなり軽そうなお調子者だ。俺とは性格が違い過ぎる」 憮然と言い切る秋音のしかめっ面を、雅紀はそっと横目で見て、内心ため息をついた。 やっぱり秋音は、暁に変な対抗意識がある。同じ自分だと言われても納得いかないらしい。暁も多分同じくらい負けず嫌いだ。今までは、同じ時を共有していない秋音と暁だが、記憶を取り戻した時は一体どうなってしまうのだろう。 「そうかな……。俺は秋音さんも暁さんも同じ人に思えるけど…」 秋音はまったく腑に落ちない様子で首を傾げ 「同じ、か。だったらおまえは、俺より暁の方が好きだったりはしないんだな?」 「え?」 「おまえは暁の恋人だった。本当は俺より暁と会いたいんじゃないのか」 雅紀は思わず、まじまじと秋音を見つめた。 たしかに暁が消えてしまって、ショックだった。恋人が急に消えてしまったのだから。 ただ、秋音が気にしていることと、あの時の自分のショックは、微妙に意味が違うのだ。 「俺は、あなたが好きなんです。あなたは秋音さんで、暁さんでもある。同じ人なのに比べることなんて……出来ない」 悲しげな雅紀の口調と表情に、秋音は苦笑して 「そうか……そうだな。つまらないことを言った。そんな顔するな。悪かった」 自分の中に知らない自分がいて、自分の知らない時間を雅紀と共有している。それが何とも悔しくて不安なのだ。大人げないとわかっていても……。 「俺は結構、独占欲が強かったみたいだ。自分でもちょっと驚いている」

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