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ふたつの月4
雅紀は慌てて車内の時計を見て
「わ……もうこんな時間なんだ。そうですね。じゃあ夕飯は俺作るから、昼は弁当買って公園に行きましょうか」
「近場でいい所、知っているか?」
「うーん……。あ、駅裏に池のある公園があったはず。弁当屋もたしか近くにありますよ」
「よし。じゃあその公園に行こう」
公園の駐車場に車を停め、入口近くのほか弁屋で、弁当を2つ買って公園へ向かう。
秋音と並んで歩きながら、雅紀は暁と自然公園で弁当を食べた時のことを思い出していた。
暁とも同じことをしたとうっかり口にすれば、また先回りされたかと秋音が拗ねるので、それは言わない。
「お。あの辺がいいな。ベンチがあるし、眺めもいい」
秋音はそう言って、池の近くの藤棚の下に向かった。
まだ風が冷たかった暁との逢瀬の時と違って、春の柔らかい陽射しが心地よい。
ベンチに腰をおろした秋音の横に、雅紀もちょこんと座って、秋音が袋から出した弁当を受け取った。
「なんだか嬉しそうだな、おまえ」
秋音に指摘されて、雅紀はゆるむ頬を手でさすり
「え……そうですか?お弁当注文してたら急に空腹感じてきて……。外で食べる弁当って美味いでしょ。だから、ちょっとうきうきしてるのかも」
事務所を出る時は、まだちょっと顔色が冴えなかった雅紀を、気分転換に外でのランチに誘ったのは、どうやら正解だったらしい。
雅紀は弁当のふたを外すと、中身を見てまた頬をゆるませた。
「俺、のり弁って好きなんです。アパートの近くのほか弁屋で、仕事帰りに弁当買う時は、必ずのり弁だったし」
「俺も結構好きだな。なんというか絶妙な組み合わせだよな、ご飯とおかずが。食感と味のバランスもいい」
「白身魚のフライとちくわとか大好きっ。でも久しぶりに食べるなぁ。秋音さんのは……すき焼き弁当でしたっけ」
秋音はふたを開けて雅紀に中身を見せ
「ああ。うどん付きのヤツだ。こっちも美味そうだぞ。食ってみるか?」
雅紀は嬉しそうに笑うと
「じゃあ、半分ずつ、しましょう」
2つの弁当をお互いにつつきあいながら、昼食を終えると、並んでぼんやりと池の鳥たちを眺めた。
「長閑だな……。腹も満たされたし、何だか眠くなってきた。雅紀、ちょっと膝を貸せ」
「え……」
秋音はにやりと笑うと、ベンチに寝転がって、雅紀の膝の上に頭を乗せた。
雅紀はどぎまぎして、周りの視線を気にしながらも、幸せそうに微笑んだ。秋音の真っ直ぐの髪を、そっと撫でてみる。膝にかかる温かい重みが嬉しい。
しばらくはそのまま、2人黙って穏やかな時を過ごした。
雅紀の膝の温もりが心地よくて、いつの間にかうつらうつらしていたらしい。ふっと目を開けると、雅紀のまあるい瞳と目が合った。
「ああ……悪い。重たかっただろう。知らないうちに寝てしまったな」
「俺は大丈夫。秋音さん、寒くないですか?」
「いや。平気だ」
雅紀は秋音の額にかかる髪を、優しい手つきで直しながら、躊躇いがちに問いかけた。
「ね、秋音さん……。桐島家の2人に直接会って……どうするんですか?」
「どうもしないさ。俺は彼らの顔もよく覚えていないからな。まずは顔を見て話をして、どんな人物なのか見定めるつもりだ。そして、おまえの件を謝罪させる」
「俺のことは、いいんです。ただ、わざわざ直接会いに行くなんて、危険じゃないですか?」
「田澤さんが同席で、おまえも一緒だ。そんなところで滅多なことは出来ないだろう。それに俺は、出来れば遺産相続の権利を、放棄しようと思っている」
「放棄?」
「ああ。もともと会ったこともない、顔も知らない爺さんが、勝手に残した遺産だ。俺はそんなものに興味はない。欲しいとも思っていないもので、人生を左右されるのはご免だ」
「そうですよね。そんなものなければ…」
ーお母さんも奥さんも子供も、死ぬことはなかったかもしれない……。
「欲しいものは自分で見つけて、自分の力で手に入れるさ」
秋音は手を伸ばして、自分を優しく見おろしている雅紀の頬に触れた。
「あのね、秋音さん。田澤さんから……聞いたんですよね。俺が……桐島貴弘さんの愛人だった……って…」
「……ああ」
雅紀の目に哀しみの色が混じる。秋音はその目をじっと見つめて
「……好きだったのか。貴弘のことを」
雅紀の瞳が揺れた。それでも逸らすことはなく、まっすぐ秋音の目を見返し
「うん……多分……好きだった時もありました。寂しかったから……ってのもあったけど、好きじゃなかったら付き合ったりはしなかった」
「そうだな。おまえは打算や計算で、そういうことが出来るヤツじゃない。……今でも……好きか?」
雅紀はきっぱりと首を横にふり
「人として好きだったけど、俺、あの人に恋はしていなかった。出来たら良かったんだろうけど、そんな風に好きにはなれなかった。……酷いヤツですよね、俺」
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