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ふたつの月5
秋音は、雅紀の頬を撫で
「バカだな。頭で考えて人を好きになんかなれないさ。どうしようもなく惹かれる。気がついたら堕ちている。それが恋ってものだろう」
言ってから、秋音は照れたように苦笑いして
「おまえと話していると、どうにも俺は気障だな。言ってしまってから、いつも自分にどん引きだ」
照れている秋音の顔がなんだか可愛くて、雅紀もくすくすと笑った。
「お前を好きだと自覚してから、新しい発見の連続だ。恋をするとバカになるなんて言葉は、他人事だと思っていた。俺でもバカみたいに人を好きになったり出来るんだな…」
しみじみと呟く秋音の言葉に、雅紀は目を潤ませた。
「秋音さん、俺に……恋してくれてるんだ…」
「ああ。好きだ。自分でも不思議なくらいおまえに惹かれているよ」
雅紀の瞳が揺らめいた。
「……でも……俺は男で。秋音さんが憧れてた家庭……普通の平凡な家庭は、作ってあげられない。子供も……産んであげられない」
思いがけず、雅紀が哀しげに呟いた言葉に、秋音は目を見開いた。
今朝、車の中で自分が話した詩織との関係。自分はそういうつもりで言ったわけではなかったが、雅紀にはそんな風に聞こえていたのか……。
秋音は雅紀の膝の上からむくっと起き上がり、雅紀の隣に座り直すと、ぐいっと肩を抱き寄せた。雅紀は焦ったように周りをキョロキョロ見回して
「あっ秋音さんっ、ここ、外…っ」
秋音は構わずもう一方の腕もまわして、雅紀を包むように抱きしめた。
「まったく……おまえってヤツは……。いいか、雅紀。俺が詩織の話をしたのは、おまえの存在を否定する為じゃない。おまえは詩織の代わりじゃないだろう?俺はありのままのおまえが好きなんだ。子供なんか産めなくても関係ない」
「でも……」
「もう少し自分に自信を持て。俺をこんなに好きにさせておいて、今更そんなことを言うな。俺はおまえさえいれば充分なんだ。なあ、雅紀。これから先もずっと、傍にいてくれ。俺の家族に……なってくれないか?」
秋音の腕の中で、雅紀はぴくんっと震え、恐る恐る顔をあげた。
「家族……に?」
雅紀の声が掠れている。秋音は微笑んで頷くと
「嫌か?俺と一緒に生きるのは」
雅紀は首を激しく横にふると
「嫌な、わけ、ない…っ。俺……俺は」
雅紀の目に涙が浮かんでくる。秋音は指先でそっと、零れ落ちそうな涙の粒を拭って
「泣き虫め。そんな子供みたいに泣くな」
雅紀はくしゃっと泣き笑いの表情を浮かべて
「俺、ずっと秋音さんの側にいたい。やっぱり離れるなんて……出来ない…っ」
思わず雅紀が口に出した言葉に、秋音は眉をひそめた。
「離れる?……ちょっと待て。おまえ、また俺を置いて、どこかに行ってしまうつもりだったのか?」
せっかく拭ってやったのに、大きな瞳から、涙が後から後から零れ落ちた。
「俺……俺は、どうしても……っやらなくちゃ……いけないことが、あって」
つかえながら話す雅紀の背中を、秋音は優しく撫でながら
「雅紀、落ち着け。深呼吸してゆっくり話してみろ。前にもそう言っていたよな、おまえ。やらなければいけないって、一体どんなことなんだ?」
途端に雅紀はきゅっと唇を引き結び、無言で首を横にふった。
……頑固者め……。
秋音は内心ため息をつくと、雅紀の身体から手を離し
「少し風が冷たくなってきたな。そろそろアパートに戻ろう」
そう言って立ち上がった。雅紀は座ったまま、不安そうに秋音を見上げている。
「秋音さん……。怒りました?」
まだ濡れて真っ赤な目で見上げてくる雅紀に、秋音は微笑んで
「ばか。怒るわけないだろう。おまえが言いたくなければ言わなくていいんだ。さ、行くぞ。先にスーパーに寄って食材を買わないとな」
雅紀は何か言いたげに口をもごもごさせたが、諦めたように口を閉じて、のろのろと立ち上がった。
アパートのある駅の近くのスーパーで、今日の夕飯と明日の分の献立を考えながら、食材を買い込んだ。
予想以上の大荷物になったので、アパートの前に車を停めて、いったん部屋に食材を運び込む。
「車を置いてくるから、おまえはここにいろ」
買い物途中も沈み込んだ様子で、ほとんど口をきかなかった雅紀は、首を横にふって
「ううん。俺も一緒に行きます」
それだけ呟くと、秋音の横にぴとっと張り付いた。秋音は雅紀の頭をぽんぽんと撫でると、並んで車に戻り、駐車場に向かった。
「………ふうん。やっぱり2人一緒ですか。…………いや、あまりうろうろしていると怪しまれますからね。気づかれないように写真だけ撮って、今日はもう引き上げていいですよ」
瀧田は電話を切ると、ふふふ…と楽しそうに笑って、スマホをテーブルの上に置いた。
「やっぱり裏があったわけですね。貴弘に近づいて何をするつもりなんだか……。さて。悪いこにはお仕置きが必要だ。貴弘に囲われてしまう前に、先に手を打ちますか」
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