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泡沫の恋人2
雅紀は瞳を悲しげに揺らめかせた。
「また……眠っちゃう?え……いつ?」
「いや。それがいつなのか、どんなタイミングなのかは、俺にも分かんねえんだよ。次またいつ、出て来られるのかもさ」
そう言って首を竦め、笑いながらおどけてみせる暁の顔を、雅紀は両手で包みこみ、自分の顔を寄せた。
雅紀の唇が、暁の唇にそっと重なる。
笑っていた暁の目が、一瞬辛そうに歪んだ。離れていく雅紀の唇を追いかけて、今度は暁の唇が雅紀の唇に重なる。そのままぎゅっと抱きしめられた。一気に口づけが深くなる。
「……ん……ぅ……ふ……ぅっんう…っ」
舌を絡め強く吸われる。根こそぎもってかれそうな深いキスだった。
秋音の中に沈んでいた暁の想いが、口づけと共に流れ込んでくる。
突然恋人が消えて、ショックだったのは雅紀だけではなかった。暁もずっと悲しんでいたのだ。
そうだった。この人は案外寂しがり屋で甘えん坊で……。明るくとぼけた口調で話してはいても、孤独を人一倍怖がる一面もきっとあるのだ。
突然、秋音の意識の中に閉じ込められて、今までどんな思いで過ごしていたのだろう。
息も出来ないほどの激しいキス。
まるですがりついてくるような、きついきつい抱擁。
いつまた沈んでしまうか分からない暁の、必死の想いが伝わってくる。
雅紀は抱きしめられながら手を伸ばし、暁の背中を宥めるように撫でた。
暁はびくっと震え、噛みつくようなキスをやめて名残惜しげに唇を離すと、照れたように笑って
「……わりぃ。久しぶりだから、ちょっとがっついちまったよな。苦しかったろ」
無理にへらっと笑ってみせる暁がせつなくて、雅紀は首をふり
「苦しくなんか、ないから。でも、顔見せて。暁さんともっと話がしたい」
「雅紀……」
「ごめんなさい。暁さんのこと、俺、気づいてあげられなくて。ずっと独りで……寂しかったですよね」
暁は目を見開き、何か言いかけて唇を震わせ、ぐっと口を噤んだ。
「ね、暁さん。無理に笑ったりしないで。寂しかったって、言ってくれていいから。もっと俺に、甘えてくれていいから。だって恋人でしょう?俺達」
雅紀の言葉に、暁は堪えきれず嗚咽を漏らした。真っ赤になった目から、涙が溢れ落ちる。
雅紀は暁の目元にそっと口づけて
「俺が泣くのが見ててせつないって、暁さんがいっつも言ってた意味がわかった……。ほんと、せつない。大好きな人の涙は」
「……っ。雅紀……っ」
暁は顔をくしゃっと歪めると、雅紀の唇を再び奪った。
「……んぅ……っんっ……ん……ふ…っぅ」
きつくきつく抱きしめ合う。このまま触れている場所から溶け合って、ひとつになれればいいのに。もう2度と、離れなくて済むように……。
激情にかられたキスの後も、お互いの気持ちを分け与えるような、濃厚な口づけは長く続いた。
暁から与えられるキスはいつだって、蕩けそうに甘かったのに、今回だけはしょっぱい涙の味がした。
ようやく少し落ち着いたのか、暁は唇を離すと、涙に濡れた目で、雅紀をじっと見つめた。
「おまえとのちゅう、やっぱ最高だ。……っああっ、くそ……っ。沈みたくねえな。ずっと俺のままでいてえよ」
「暁さん……」
「このままおまえ、抱きてえけどさ。多分、もうそんな時間ねえし。あ~~悔しいよな。もうひとつ身体があったらな」
「ふふ……暁さんったら……おっきな子供みたいだし…」
ふくれっ面で駄々をこねる暁に、雅紀は泣きながら微笑んだ。
両手を伸ばして暁の頭を抱き寄せる。暁は大人しく雅紀の胸に、甘えるように顔を埋めた。
「んー。あったけえな…おまえの胸。やべえ……。眠くなってきちまった……。……なあ、雅紀……おまえ、何があっても、俺の……秋音の側を……離れるな……よ……俺は……おまえが……心配……だ…」
暁の身体から徐々に力が抜けていく。雅紀ははっとして、暁の顔をのぞき込んだ。暁は目を瞑り、穏やかな寝息をたてていた。
「……暁さん……。寝ちゃった……?」
返事はない。完全に眠ってしまったようだ。
雅紀はぎゅっと暁を抱きしめて、ぽろぽろと涙を零した。
……夢だった……のかな…。
すーすーと寝息をたてている秋音の顔を見下ろして、雅紀はぼんやりとしていた。
暁が突然現れ、唐突に消えてから、もう随分時間が経った。
あれから、暁が起きないかと気にしながら、昼食の続きを作った。秋音が考えてくれた献立通りに、なんとか無事に作り終えると、眠る彼の横に座って、じっと見守った。
……ううん…夢じゃない。
暁だった。話し方も表情も。頭を撫でてくれるあの手つきも。
次に目が覚めたら、この人の意識はどちらなんだろう。
秋音さん?
暁さん?
暁は、眠っている間、秋音の中にいることを自覚していた。
じゃあ秋音も、さっき眠っている間に、暁がいたことを感じていたんだろうか。
『もうひとつ身体があったらな』
眠る直前、暁は悔しそうにそう言っていた。
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